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アシスタントで来ただけなのに…!

第1章 鬼才漫画家、市川ルイ



「加奈子。これは怪しいわ。だって貴方面接すらしてないわ。それに新人のアシスタントって言ってるんだしどれくらいの実力かは確認するはずよ」

母は書面を私に渡すと、腕を組みながら部屋の本棚に目を向けた。その視線の先には市川ルイの漫画の最新刊までがある。

「…第一、こんな有名な漫画家の個人情報を書類が通っただけの人間に教えたりはしないわ。貴方の大好きな市川先生が仮にアシスタントを急募してたとしてもね」

はぁと溜息をつくと母は部屋を後にした。
最後に扉を閉めようとした時に、「今回は諦めなさい。いたずらか何かよ」と言い残し部屋から出て行った。


一人だけになった空間は、壁にかかった時計の針の音だけが響いた。
頭が追いつかない。私はあの日書店で市川ルイの漫画を購入してからずっと、市川先生と呼ぶことを夢見てた。
ただ友人や家族と市川ルイの話題で盛り上がるのではなく、あの漫画を描いた市川ルイに対して市川先生と慕いたかった。
ただそれだけの為に今まで興味のなかった絵を描いて、初心者用から上級者用のイラストの描き方や作品集を買ってひたすら描いた。

それは一種の現実逃避とも言えた。

それでも、全て市川ルイが関係してた。


「彼女は…市川ルイ先生は私の人生を変えた」

その時、閉まっていた部屋の扉が開いた。
キィと普段立てない音を立てて、不気味な黒い影がチラつかせる。

「…市川先生っ」

ギュッと書面を強く握った。

もしも貴方に会えるなら、私は伝えたい。
貴方の漫画が私を救った。

「行かなきゃ、絶対に」

決意を強く固めた時には、黒い影は私の目と鼻の先まで来て希望を抱いた私の目を見つめていた。


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