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はるさめ【5ページ短編】

第1章 飴売りの少女


「飴屋のばぁちゃんとこにあんな子いたかな?」

「お前は知らねぇさ、2年ぐらい前に母親が亭主と別れて出戻ったんだから」

なら知らない筈だ

康夫もカーテンをくぐって劇場へ入ってみると、まだエンドロールが流れる暗い中、彼女の周りにたくさんの人だかりが集まっていた

なるほど、それなりに売れるものなんだな
と康夫は感心した

そういえば小学校の運動会でも飴屋のばぁちゃんは観覧席の父兄たちに飴を売り歩いていたことを思い出した


その夜、康夫は食事を済ませ近所の知り合いがやたている外湯の浴場へ温泉に浸かりに行った

あいにく同級生は居なかったがそこの母親がまぁ康夫ちゃんと声を掛けてきてくれた

風呂からあがだたものの、さて特にすることも無い

ここの近くの漁港で数人の土左衛門(海に遺棄された遺体)が続けて見つかったと言う割には温泉街そのものはあいこわらずの賑やかさである

すでに暗くなった空にはたくさんの温泉の湯気がたちこもり、通りの露店にはたくさんの観光客が道にあふれかえっている

旅館の窓からは三味線の音色や芸者の甲高い声が聞こえてくるのだから、事件の悲愴さは皆無だった

山の斜面のほとんどの建物は旅館である

通りを挟んで下のほうにはけっこう大きな湯の川が流れており、夜でもむぅっとした熱気が感じられる

川下に降りて煙草を吸ってたたずんでいると、遠くから自分の名前を呼ぶ女の声がした

「康夫さぁーーーーん」

振り返ると川辺へ降りる石畳の階段を女の子がふたり手を振って降りてきた

「やぁ、春子ちゃん、きみも風呂帰り?」

「ええ、そうよ!こっちは同級生の歩美ちゃん
 お風呂でたまたま一緒になったの」

「こんばんは、歩美です」

ふたりは近くの中学生で春子が少しおとなびており、反対に歩美は幼げな少女であった

「ねぇ、康夫さん!都会の話し聞かせてよ」

たいした話しも思い浮かばなかったが、満員電車の通勤風景やら、この数ヶ月はサーカスが来ているのでさらに人が増えたなど康夫からすれば他愛のない内容を話してみたが、田舎の温泉街で暮らす思春期の女学生には刺激的な内容のようで楽しそうに聞いてくれた

「あら、そのカバンから見えてる光るものはなぁに?」

と春子が目ざとくブローチを見つけた

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