
はるさめ【5ページ短編】
第1章 飴売りの少女
康夫は数年ぶりに故郷の温泉街に帰ってきた
康夫の父は温泉街の一角で小さな映画館を営んでいた
都会で暮らす康夫からすれば久しぶりに帰ってきたものの、この映画館を見て懐かしさよりも古臭さを強く感じてしまっていた
古びた劇場ではあるものの、当時の温泉街はしゅうきゃくりょくがあったためおこぼれにあやかるよう意外にもたくさんの人が入っていた
「親父、帰ったぜ!まだこんな汚い映画館やってたんだな」
「お、なんだ康夫、久しぶりだな、言っちゃあ悪いがきっとお前より稼ぎは良いんだ
それよりどうした?何かあったのか?」
「新聞でこの温泉街が出てたのさ!
なんでも連続殺人事件があったって言うじゃないか?気になって戻ってきたんだよ
どうだい、しばらく街で一緒に暮らさないか
まだ犯人も捕まってないんだろ?」
「バカ言うな、今からが稼ぎ時じゃないか
どうせつまらんよそ者が金に困ってやっちまったんだろ?すぐに捕まるよ」
そんな仲が良いのか悪いのか親子の会話を遮るように少女が映画館にやってきた
「よぉ、春子ちゃん」
「こんばんは、おじさん!今日も飴を売らせてもらうわね、もうそろそろ上映時間の入れ替えでしょう?あら、そのお兄さんはだぁれ?」
「春子ちゃんは知らねぇかな?俺の息子の康夫だ、都会で仕事をしてるんだがちょうど帰ってきたんだよ!飴屋のおばあちゃんの腰は治ったのかい?ゆっくり出来るのならついでに次の映画を観ていくといい、裕次郎だよ」
「わぁ!本当?ありがとう!新しいやつね、見たかったの、明日友達に自慢できるわ!」
「学校では“裕次郎を見る子は不良だから見てはいけない”て御達しが出てるそうじゃないか!
ひてえよな、営業妨害だよ」
どうやら近所の飴売りの子供らしい
歳の頃は14.15歳くらいだろうか
大きな肩掛けカバンに下げており、中には商売道具の飴が入っている様子だ
「春子ちゃん、中学生かい?ボクにも飴をおくれ、ひとつ幾らだい?」
「ひとつ5銭よ、毎度あり」
少女はカバンを広げて、どうぞと手を伸ばした
康夫がひとつ手に取るとちょうど上映が終わった様子だ
最期のエンドロールを見ずに席を立った客が大きなカーテンをくぐり抜けて出てきた
春子はじゃあねと康夫と親父に手を振ってカーテンの向こうへ行ってしまった
