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幸せな報復

第20章 夏が終わって

 もはや、これは報復と言えるのだろうか。
 学園のアイドル・恵美が、中年の最低男をターゲットにしたストーカーと化したとしか思えない。
 本来の恵美は、質実剛健で清純無垢、まさに学園の理想像そのものだった。あの忌まわしい朝の痴漢事件でさえ、彼女は即座に男を現行犯逮捕し、一笑に付して終わらせていた。
 恵美にとって、あの朝はいつもの日常のひとコマにすぎなかった。
 なのに、信じがたいことに、突然現れた「けだもの族の恵美」が、清らかだった彼女を恥辱にまみれさせていった。
 一度汚れると、もう止まらない。
 学園アイドルとしての真面目な生活は、怒濤のように淫らなものへと変貌していく。
 幼少から築いてきた、粉骨砕身で守ってきた正義感は、儚く吹き飛んだ。
 落ちたとはいえ、正義を貫こうとする責任感は、まだ恵美の中にあった。
 だからこそ、彼女はあの男の自宅を突き止めた――と、自分に言い聞かせていた。
 だが内心では、もっと痴漢行為をされたいがために、男のあとを追っていた。
 哀れで滑稽な女に成り下がっていたのだ。
 客観的に彼女の行動を分析すれば、これが真実だろう。
 つまり、あの朝、恵美が勘太郎と出会った瞬間、心の奥深くで眠っていた「けだもの族の恵美」が、最低のオスを見つけたことで表に出てきて、本来の恵美の人格と入れ替わってしまった――そういうことなのだ。
 恵美が姿見の前で学校へ行こうと着替えていたとき、本体の映るそのすぐ後ろに、寸分違わぬもうひとつの人格が潜んでいた。
 体を動かすと、映る姿がわずかにダブって見え、彼女は違和感を覚えたが、それ以上深くは考えなかった。
 鏡に映るのは、いつもの自分。
 寝ぼけ眼の恵美には、異次元の自分が背後にいるなどという発想はなかった。
「私の後ろ……なにか、変? いや、そんな……いないわよね……もう、寝不足ね……」
 そっと首だけ後ろを向いても、何もない。
 そもそも「いるはずがない」と思って見ているのだから、見えるはずもない。
「いなくて……当然よね……」
 恵美はふだんから、「この世に越えられない壁なんてない」と信じ、トラブルさえもチャンスと捉えるポジティブな現代女性だった。
 それでも、変わらぬ日常に感謝し、平穏を幸せと感じる心も持ち合わせていた。
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