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アシスタントで来ただけなのに…!

第1章 鬼才漫画家、市川ルイ

「お母さん…」

私はキャリーケースを持ち上げて、不安そうな顔をする母を抱きしめた。
昨日までは嬉しそうにしていた母だったが、やはり心配なのだろう。

それもそのはず、私は市川ルイのことを母には細かく伝えなかった。
仕事内容も普通のアシスタントのようなものだと濁らせ、ルイ先生が男性であることも黙った。

母に隠したのは後ろめたさのようなものを感じたからだ。

住み込みで働くことになったのに、それが男性と二人きりとかお化け屋敷のようなとことか、私がアシスタントではなくモデルになるだとか、そんなことは口が裂けても言えない。

申し訳ない気持ちにもなったが、私を女手一人で育ててくれた母の為にも一人で頑張りたいと心から思った。
だから母には隠すしかなかったのだ。

「…ねぇ、加奈子」

母はきつく私を抱きしめて呟いた。

「何かあったら、すぐ帰ってきなさい。なんでもいいから連絡もしてちょうだい」

母の温もりや幼い頃から嗅いでいた母の匂いが懐かしくて、涙が溢れてきた。

ずっと母と二人きりだったからか、いざこうやって離れて暮らすことになると寂しい気持ちになる。
きっとそれは母も一緒だ。

「…ごめんね、お母さん」

声と共に、涙が零れた。
母は抱きしてる手を緩めて、優しく私の涙を拭ってくれた。

「加奈子が謝ることないわ。ずっと夢見てたんでしょ?お母さんは加奈子の夢が叶って嬉しいよ」

いつもの穏やかな母の声だ。
優しい母の言葉に深く頷いて、溢れ出てくる涙を拭った。
こんなに涙を流しては、化粧も落ちてしまっているだろう。

溢れる涙を堪えながら、私は母に向き合った。

「…ありがとう、お母さん」

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