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キラキラ

第30章 hungry 2


1ヶ月ぶりの、ヨシノさんの喫茶店。

寒さでかじかむ手で、ちょっと緊張しながら、静かに扉をあける。

うるさくない程度におさえられたピアノ曲のBGMが、まず耳に届いて。
覚えのあるふわりと香るコーヒーの香りと、温かな空気が体を包んだ。

店内に目を向けると、カウンター奥にいるヨシノさんと、目があったので、こんにちは、と礼をした。

ヨシノさんは、大きな目を細めて満面の笑みで、いらっしゃい、と言った。
相変わらず可愛らしい方だ。


ところが、大野さんの姿がみえない。
試合をすませてきた俺の方が、断然遅いだろうと思っていたから、ちょっと戸惑う。


あれ……?と、いう顔をしてキョロキョロしていた俺を、ヨシノさんが、ちょいちょいと手招きした。


「さとちゃん、ずっと櫻井くんを待ってたんだけど、待ち疲れて、二階の私の家で寝てるわ」

「……え、あ……すみません」

「ふふっ……試合終わったんでしょ。どうだった?」

「や……それが負けちゃって」


頭をかいてみせたら、ヨシノさんは、あら、残念と言って、顔をしかめた。


「まあ、でもベストは尽くしました」

「うん……さとちゃんも今日の学科試験、同じこと言ってた」


言って、手早くカフェオレを2ついれてくれて、俺にトレーを押し出した。


「荷物はそこにおいたままでいいから。これもって、あがって、二人でのんびりしてて」

「……ありがとうございます」


礼を言って従業員通用口から、中に入った。




階段をあがってゆくと、木製の扉。
片手で四苦八苦しながら開けて、中に入る。

決して広くはない三和土は、小綺麗に整頓されていて、ヨシノさんのものらしきヒールやら、大野さんのものであろうスニーカーが整然と並べられていた。

ここが、あの二人の生活スペースなんだ…と、実感する。

俺も、はいてたスニーカーを脱ぎ、両手が塞がってるので、ちょっと行儀悪いが、足で揃えた。

廊下を恐る恐るすすむと、ガラス扉があり、そこがリビングのようだった。


「失礼しまーす……」


小さく断って中に入る。


「…………」


オレンジ色の昭明。
家具は、全てウッド調で、ヨシノさんの人柄を表すような、ホッとするような部屋だった。


やけに静かだな……


聞こえるのは空調の音。

それと……床で寝ている大野さんの寝息だけだった。

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