テキストサイズ

中毒の処方箋 〜淫らな輪舞曲〜

第16章 飽食の時。瑞希(2)

「そうなんだ。よかったじゃん」

瑞希が、掴んだ薬を処方ボックスに入れながら言った。

「瑞希はどうだった?どこか遊びには行かなかったの?

「私……まあ買い物行ったり、美味しいもの食べにいったりしてた……楽しかったよ。あとは先生と仕事してただけ」

その「だけ」という言葉に、私の胸が小さく痛んだ。振り子のように揺れ続ける心が、また大きく振れる。瑠花の屈託のない笑顔と、瑞希の嗚咽する横顔が、交互にまぶたの裏をよぎる。

自分でも情けないぐらい、二人の心をもてあそんでいるという罪悪感が、朝の清々しい空気の中でも消えない。

別の薬剤師・田中先生が、分包機の前から口を挟んだ。

「でもさ、夏休みってみんな予定詰まるよね。僕は家族で海行ったんだけど、子供が日焼けして大変だったよ。瑞希ちゃんは海には行かなかったの?夏は毎年、彼氏と海に行くって言ってなかった?」

瑞希は一瞬だけ、私の方をちらりと見た。その視線は、誰にも気づかれないほど短かった。

「今年は海は無しです。なんか……海に行こうって気分になれなくて。それに今、フリーなんです。でも、来週、瑠花とプール行く予定です」

瑞希はそう言って、瑠花の肩を軽く叩いた。瑠花はうれし造に目を輝かせ、優しく微笑んだ。

「瑞希との夏の思い出がないから……来週楽しみ……ねえ、瑞希」

その言葉に、瑞希の目がわずかに潤んだ。彼女はすぐに視線を逸らし、薬棚に向き直った。健気に振る舞いながら、本当は繊細で傷つきやすい彼女の心が、また揺れているのがわかった。

私はラインで送られてきた処方箋のコピーを手に取りながら、静かに言った。

「みんな、それぞれの夏休みがあったみたいだね。でも、こうしてまた揃うと、落ち着くよな」

「本当ですね」と佐藤先生が頷いた。

そのとき、瑠花と調剤台越しに視線が合った。その瞳には、知っている者にしかわからない深い影があった。彼女はすべてを知りながら、何も言わずに健気に立っている。友人を第一に考えるピュアな心が、彼女を支えていた。

「先生」

瑠花が、小さな声で言った。

「夏休みの間、瑞希と二人で大変だったでしょ。ありがとうございます」

「いや……患者もそんなに来なかったし…仕事の時の暇ってのが嫌だったけどね」

「みんなとまた、こうして普通に話せるのが嬉しいです」


ストーリーメニュー

TOPTOPへ