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キセキ

第18章 Vol.18〜ただ、傍に

秋の空の空気感
薄くたなびく雲の繊細な動き
冬に向かうひんやりとした温度までもが
 そこに描きこまれていくみたいに感じた。

「座りません?」

ある日、青年が椅子を勧めてくれた。
彼が座っているのと同じ、小さな折りたたみの椅子だった。

「え・・・」
「ずっと立ってると大変かなって」

その日から、私は座って彼が絵を描くところを見るようになった。
もらってばかりではなんともバランスが悪いと思ったので、
 たまに差し入れもした。

あったかいカフェオレを作って水筒に詰めてきたり
慣れないクッキーを焼いてみたり
小さいお菓子を渡してみたり

彼は殆ど喋らなかった。
 時折「寒くないですか?」とか
 「この色どう思います?」とか
 話したことと言えば、それくらいだった。

でも、それが私にはとても心地が良かった。

ただ、傍にいる。

そんな時間が、本当に居心地が良かった。

いつしか、青年は私の『行く場所』になった。
 彼がいるから、絵にも興味が出た。
 彼に持っていこうと、新しいコーヒーの豆も買いに行った。
 おしゃれなお菓子のお店を見つけると、彼が好きかなと考えた。

恋じゃない
 愛でもない

でも、確実に私の中に
 その場所はあった。

日が過ぎていく。
 キャンバスが美しい色彩で埋まっていく。
 彼の目に映る、彼の目にしか映っていない美しい青空が
 そこにはあった。

少し、考えて、最後の一筆を入れた。

また少し考えて、
 彼は小さく頷いた。

それは、この場所の終わりを意味していた。

「あ・・・」

言葉がこぼれた。
 心が溢れそうになった。

それでも、長いことひとりでいた私は
 それ以上、何も言うことができなかった。

絵の具を片付け、パレットをしまい、
 筆をケースに入れていく。

私はただ、それを見守ることしかできなかった。

「あの・・・」

イーゼルを担いだ彼が、私に言った。
 一瞬、あらぬ期待をしてしまったが、
 それが自分の座っている椅子を片付けたいという意味だと知って、
 私は慌てて立ち上がった。

椅子を持って、彼が立ち去ろうとする。

「あ・・・」

もう一度、声をかけた。
 彼が振り返る。

「ありがとう」
「絵、見せてくれて」

・・・それが、精一杯だった。

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