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自殺紳士

第20章 Vol.20:まみこ

【まみこ】

ダッタッタッタッ!
  ダッタッタッタッ!

バタン!

屋上に続く扉が開かれる。
そこに広がるのは暗い海にたゆたう星屑のような街の光
そして、男性、女性

女性が男性の手を引いて、
 そっと屋上の端、虚空へとその身を誘っていく。

「待ってください!」

扉を開いた青年が叫ぶ。
 青年は黒いスーツに、
 かろうじて黒ではない濃紺のネクタイを締めている。

駆け寄り、伸ばした手は、
かろうじてビルの屋上から零れそうになっていた男性の手に届いた。

しかし・・・

バシャッ!

遥か階下
それでも確かに聞こえたのは、
なにか水気の多いものが激しく衝突したような不協和音

「ああっ!!」

青年は男性の手をしっかり握りながら、
それでも、急いでその身をビルの上からのぞかせた。

階下には水銀燈に照らされた
 最早声を上げることができないモノとなってしまった女性が
 身体を歪に歪ませた状態で、横たわっていた。

黒いレースのワンピース
 その周辺に散った真っ赤な血は
 青年をして、何故か彼岸花を連想させた。

握った男性の手が小刻みに震えているのに気づき、
 青年は、男性の方を見た。

青ざめた顔
 瞳は憔悴しきっていたように見えたが
  それでも、今自身がしようとしていたことの帰結を思い、
  怯えているように見えた。

「大丈夫ですか?」
「か・・・彼女は?」

男性が言った。
青年は首を振る。
 唇を噛んで、男性の手をぎゅっと握った。

「警察に連絡をしましょう・・・」
青年から見て、男性はもう死のうとする気はないように見えた。
 死の気配は消えていた。
 しかし、あの女性をそのままにはしておけない。

110番を受けて、到着した警察官のひとりに男性を引き渡すと、
 青年は女性が落ちてしまったところまでもうひとりの警官を案内した。

「そんな・・・っ!?」
「どういうことですか?」

そこには、彼岸花のように飛び散った血痕もなければ、
 もちろんあの黒いワンピースの女性の姿もない。

ただ、うっすらと地面が人形に濡れていることが、
あの出来事が幻ではないことを青年に知らせた。

水銀燈がただ静かに、呆然と立ち尽くす二人の男性を、
暗い街の中に浮かび上がらせていた。

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