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自殺紳士

第19章 Vol.19:時が降る

☆☆☆
29歳の誕生日を過ぎて、3ヶ月経った頃には、
私はすっかりこの不思議な『彼』の存在を
生活の一部として受け入れてしまっていた。

『彼』はいつもどこかから、ふらりと現れる。

会社のお昼休み、
家でひとりで夕食を食べている時、
残業で疲れている帰路、
来るペースも時間もまちまちだった。

約束をしているわけじゃないけど、
なんとなく、しんどいと感じている時が
多かった気がする。

『彼』との間の会話が次第に増えてくる。

「今日、部長からすっごく嫌なこと言われた」
「大変でしたね」

「なんかテレビとか最近つまんないよね」
「はあ、そうでしょうか?」

「仕事辞めたいわ」
「お疲れ様。でもずっと頑張ってますよね。

大した会話じゃない。
大したアドバイスじゃない。

少し話をすると、
『すいません、お邪魔しました』と言って
帰っていく。

ある時、尋ねてみた。
「なんで、こんなに私に構うの?」

『彼』は困ったような表情で、頬を指で掻くと、
「あなたに死んでほしくないから」
と言った。

それが、神様の与えた役割だから・・・だそうだ。

「じゃあ、神様が言ってなければ、ここには来ないってわけ?」

言ってしまってから、『しまった』と思った。
別に、他意はなかったのだ。

純粋に、『彼』がどう思っているか聞きたかっただけなのだけど、
これではまるで、私が個人的に『彼』に来てほしいと思ってるみたいじゃないか、
そう思ったのだ。

しかし、慌てた私の気持ちとは裏腹に、
『彼』はそういう意味では捉えなかったみたいだった。

ただ、少し考える素振りを見せて、
『もっと、話を聞きたいから』
とだけ、言った。

こうして何ヶ月も、何ヶ月も
彼は私の元を訪れて、
私の気持ちを変えようとしたのだけど、
私の気持ちは変わらなかった。

だから、
私は、死ぬことにしたのだ。

今日、この日、
29歳最後の夜。

終わりの日と定めた時に・・・。

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