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幸せな報復

第23章 田所恵美と後ろのエルザの出現

 義美が十六歳になる頃には、幼さの残っていた輪郭もすっかり大人びていた。
 宗男はその日も、卓袱台を挟んで義美と向かい合っていた。

「今日は体の動きについて勉強しようか。筋肉や関節がどう連動してるのかを知ると、怪我もしにくくなるからね」

「はい、お父さん」

 義美は素直に頷いた。
 宗男は立ち上がると、義美の隣へ静かに移動した。

「まずは肩から腕の筋肉だ。力を抜いてごらん」

 宗男の手が、義美の首筋へそっと触れた。 大きな手のひらが肩をなで、腕へとゆっくり滑っていく。

「筋肉っていうのは全部つながってるんだ。首、肩、腕、指先までね」

「……くすぐったいです」

 義美は少し肩をすくめ、小さく笑った。

「はは、ごめんごめん。でも、実際に触れたほうが分かりやすいだろ?」

「はい……」

 宗男に悪意などあるはずがない。

 幼い頃から、ずっと守ってくれた人だ。
 外へ出られない自分に勉強を教え、世話をし、怖い夢を見た夜には朝までそばにいてくれた。
 だから義美は、宗男を疑うという考えを持っていなかった。

「少し動きやすい格好になろうか。筋肉の動きを見るなら、そのほうが分かりやすい」

 義美はわずかに戸惑った。
 年頃になってからは、一人で風呂へ入るようになっていた。
 昔のように父へ肌を見せることには、どうしても照れがあった。

「……恥ずかしいです」

「大丈夫。お父さんは医者みたいなものだと思ってごらん」

 宗男は穏やかに笑った。

「義美が健康に育ったか、ちゃんと見ておきたいだけだから」

 その言葉に、義美は小さく頷いた。
 宗男は安心させるように、彼女の手を包み込む。

「ほら、指も筋肉や神経で動いてる。ここが第一関節、こっちが第二関節」

 宗男は義美の指先を軽く持ち上げた。

「力を入れると、どこが動いてるか分かるかい?」

「……少しだけ」

「そう。その感覚を覚えておくんだ」

 宗男の声は、いつもと変わらず優しかった。 だからこそ義美は、自分の胸の奥に芽生え始めた微かな違和感を、うまく言葉にできなかった。

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