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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第1章 落城~悲運の兄妹~

 だが、千寿はその食事と呼ぶこともできないような代物さえ、一切手を付けようとしない。当然のことながら、千寿は日毎に衰弱していった。それでも、千寿は弱音を吐くこともなく、ましてや空腹など感じさせぬ恬淡とした様子で座っていた。陽も差さぬ薄い闇がひろがる中、石壁にもたれかかり、何を考えているのか眼を瞑ったまま刻を過ごしている。
 狭い牢内は燭台の蝋燭の灯りで辛うじて物の文目を判別できる程度のものである。牢の前には常時、一人ないしは二人の見張りが付けられたが、千寿は至って大人しく、暴れるようなことはなかった。
 ある時、若い牢番二人がそっと背後を振り返りながら小声で囁き合った。
―それにしても、薄気味悪いガキだのう。普通、あのくらいの歳であれば、こんな陽の光も差さない牢屋に何日もぶち込まれたら、気が狂ってしまうだろうに。ああやって、日がな座り込んで、飯もろくすっぽ食うわけでもない。全く何を考えてるのか、底が知れないというか、空恐ろしいガキだぜ。
―うちのお館さまも怖ろしいお方だが、このガキもなかなか手強いこわっぱだなぁ。大抵、こんな年端もゆかない子どもなら、空きっ腹には負けて、飯に手を出すぜ。
 そのときも、千寿は壁に背をもたせかけ、瞑想しているかの様子であった。
 千寿の食事はいつも盆に載ったまま、運ばれたときの状態で返された。そんなことが何日続いたであろうか。地下牢に幽閉されてからというもの、日にちを数えることもしなくなった。そのため、正確には判らなかったが、既に十日近くにはなっていたはずだ。
 ある日、牢の表が俄に騒然とした。牢番の狼狽えた声が聞こえ、千寿は薄く眼を開いた。
 風呂に入って汚れを落とすこともないゆえ、まるで物乞いの子どものように薄汚れ、あの少女とも見紛う可憐な容貌は窺うすべもない。飲食物も絶って久しい千寿の意識は既に朦朧としていた。
 意識を何とか保ち、注意力を人声の聞こえてくる方に向ける。牢番が鍵を開ける音、次いでギィーと軋んだ音と共に格子戸が開いた。
 端座し自分の方を無心な瞳で見上げる千寿を、嘉瑛は薄気味悪いものでも見るかのように見下ろした。
「何という強情者だ。あまたの者にこの地下牢でそなたと同じ待遇を与えたが、大概はどんなに意地を張っても、せいぜい二、三日しか保たぬ」

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