
龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第1章 落城~悲運の兄妹~
弟の方はともかく、八つ違いの異母兄は思慮深く控えめな人物で、父にも見放された嘉瑛を弟として可愛がってくれた兄であった。間違っても謀反など企む人ではなかった。が、嘉瑛はこの優しい兄までを自ら手に掛け、葬った。先に殺した四つ下の弟は同母弟であった―。既にこの時、彼等の生母が亡くなっていたのは、かえって幸せなことだったかもしれない。
こうして血で血を洗う殺戮を重ね、嘉瑛は現在の木檜の国の領主としての地位を不動にした。以後は、ひたすら他国に戦を仕掛けては、そのすべてに勝ちを収めてきたという強者(つわもの)である。この頃から、諸将は彼を戦神と呼び、怖れるようになった。返り血を全身に浴びながらも、愛馬を狩り、いつも戦場では手放すことのない長刀を縦横無尽にふるうその凄惨な姿は、さながら不吉な死に神が大鎌をふるうのにも似ていた。
そのいかにも怖ろしげな姿は、一度見たなら、けして忘れられぬとまでいう。
その嘉瑛が何故、長戸家に眼を付けたのか。それは、嘉瑛自身が語っていたように、長戸家が室町幕府を開いた足利将軍家の血を汲む名門ゆえだ。木檜氏は彼の父嘉治の父―つまり祖父の嘉哲(よしあき)が興したにすぎず、嘉哲は元を正せば油売りにすぎなかった。つまり、一介の行商人が当時、木檜の国の国主であった内藤氏に取り入り、家臣の一人に取り立てられたことから木檜氏の歴史が始まる。嘉哲は城に出入りする御用商人であった。
まさに彼の祖父自身が下克上―家臣が主君を討って成り代わるという一大クーデター―を地でいったような男であった。嘉哲は主君を殺し、自分が国主となり、更にその息子が国主の座を引き継いだ。そして、三代めの嘉瑛の代で再び血で血を洗う悲劇が繰り返されたのである。しかも今回は一族内での騒動であった。
要するに、木檜氏は他氏のような連綿と続く由緒ある武門の家柄ではない。そこで、嘉瑛は隣国白鳥の国長戸氏の姫に眼をつけた。長戸通親の娘万寿姫の美貌は白海芋のごとしとは、早くから諸国で囁き続けられていた。純白の花のように清楚で可憐、たおやかな姫であれば、誰もが手に入れたいと願っていた高嶺の花だったのである。
万寿姫を手に入れれば、期せずして名門長戸氏の血をも木檜氏の中に入れることができるというものだ。万寿姫を妻として、子を生ませれば、二人の間に生まれた子は足利将軍家の血を引く子となる。
こうして血で血を洗う殺戮を重ね、嘉瑛は現在の木檜の国の領主としての地位を不動にした。以後は、ひたすら他国に戦を仕掛けては、そのすべてに勝ちを収めてきたという強者(つわもの)である。この頃から、諸将は彼を戦神と呼び、怖れるようになった。返り血を全身に浴びながらも、愛馬を狩り、いつも戦場では手放すことのない長刀を縦横無尽にふるうその凄惨な姿は、さながら不吉な死に神が大鎌をふるうのにも似ていた。
そのいかにも怖ろしげな姿は、一度見たなら、けして忘れられぬとまでいう。
その嘉瑛が何故、長戸家に眼を付けたのか。それは、嘉瑛自身が語っていたように、長戸家が室町幕府を開いた足利将軍家の血を汲む名門ゆえだ。木檜氏は彼の父嘉治の父―つまり祖父の嘉哲(よしあき)が興したにすぎず、嘉哲は元を正せば油売りにすぎなかった。つまり、一介の行商人が当時、木檜の国の国主であった内藤氏に取り入り、家臣の一人に取り立てられたことから木檜氏の歴史が始まる。嘉哲は城に出入りする御用商人であった。
まさに彼の祖父自身が下克上―家臣が主君を討って成り代わるという一大クーデター―を地でいったような男であった。嘉哲は主君を殺し、自分が国主となり、更にその息子が国主の座を引き継いだ。そして、三代めの嘉瑛の代で再び血で血を洗う悲劇が繰り返されたのである。しかも今回は一族内での騒動であった。
要するに、木檜氏は他氏のような連綿と続く由緒ある武門の家柄ではない。そこで、嘉瑛は隣国白鳥の国長戸氏の姫に眼をつけた。長戸通親の娘万寿姫の美貌は白海芋のごとしとは、早くから諸国で囁き続けられていた。純白の花のように清楚で可憐、たおやかな姫であれば、誰もが手に入れたいと願っていた高嶺の花だったのである。
万寿姫を手に入れれば、期せずして名門長戸氏の血をも木檜氏の中に入れることができるというものだ。万寿姫を妻として、子を生ませれば、二人の間に生まれた子は足利将軍家の血を引く子となる。
