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手紙~天国のあなたへ~

第6章 別離

「心(マ)が(ミ)痛む(ナツプンガヨ)の?」
 愃の握りしめた指先が白くなっている。それほどまでに実の父に疎まれているという事実が彼を打ちのめしているのだ。それでもなお、愃は父を恨んではいないと言う。
 留花は愃の絶望の深さを推し量ると、居たたまれない。愛する男がこんなに苦しんでいるのに、自分はすぐ傍にいながら、何もできない。
 留花は口を開くどころか、身じろぎもできなかった。吐き気を催すほどの無力感に身体が凍りついていた。
 叫び出したくなるほど気づまりな静寂が続いた。意外にも、その沈黙を最初に破ったのは愃の方であった。
「留花。あの歌をもう一度だけ歌ってはくれぬか」
 あの歌―、一瞬考え込んだしまった留花ではあったが、やがて閃いた。
 愃はあの子守歌のことを言っているのだ。三ヵ月前の夜、もしかしたら、愃の子が留花の腹に宿ったかもしれないあの忘れられない夜、留花が愃に乞われて歌ったあの子守歌を。

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