テキストサイズ

手紙~天国のあなたへ~

第6章 別離

 留花の記憶に、あの日の愃の儚い笑みが重なった。そう、あれは初めて愃がこの家にやって来た日、香順の亡くなる二日前のことだ。
 何故、雪が好きなのかという理由を述べ、唯一の父との愉しい想い出を語ったときのことだ。あの時、愃は言った。
―つくづく私は運がないのだろう。私を愛おしんでくれた方は若くして亡くなれ、父は若い後妻を迎えた。新しい正妻は私を仇のように憎んでおり、生母は側室ゆえに私を庇いたくとも表立って庇うことはできない立場だ。
 留花の記憶に間違いがなければ、あのときも愃はこんな風に穏やかでありながら、ひどく淋しげに微笑んでいた。
 留花の言葉にも愃は頷かなかった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ