
Memory of Night2
第3章 名前
まず、春加はほとんど笑わない。宵を迎えにくる時も、送り届ける時も、スタジオで顔を合わせる時も、お愛想というものが一切ない。
おまけに口数も少なく、必要なこと以外はしゃべらない。だから春加といる時は沈黙が普通なのだ。
それ自体は別に苦ではなかった。春加と二人になるのは車の中くらいだから、窓の外でも眺めていればいい。ピエロみたいな黒縁の瞳と派手で奇抜な格好も、見ている分には面白い。
ただ、時折春加が自分に向ける視線が妙に威圧的に思える時があって、それに呼応し軽い悪寒を感じる時がある。
それが少し嫌なだけだ。
(嫌われてんのかな?)
それはそれでおかしな話だ。自分をこの仕事に誘ったのは、他でもない春加たちなのだから。
(まあいいか)
宵は軽く伸びをして、凝り固まった肩を何度か鳴らした。
春加のことはどうでもいい。今は体育に間に合うかどうかということの方が、数倍重要に思える。
時間を確認するためズボンのポケットから携帯を取り出そうとしていた宵は、ふいに動きを止めた。
壁の貼り紙を無造作になぞっていた視線が、あるものをとらえたのだ。
