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Memory of Night2

第3章 名前


 春加は相変わらずの厚化粧で、黒く縁取られた瞳が深津を射抜いている。


「おや、いたんだね」


 深津は大袈裟に驚いたふうを装ってから、ようやく宵から数歩離れた。


「こんなところで高校生を口説き落とそうだなんて、いい年した大人のやることとは思えませんね。馬鹿なんですか?」


 春加は薄く唇を歪めた。プロデューサー相手でも一切の物怖じをせずに平然とそう言ってのける。

 丁寧な敬語とは裏腹に、言葉は直球そのものだった。

 けれども深津は怒った様子もなく、笑顔で切り返す。


「やだなぁ。口説くだなんてとんでもない。まだここの雰囲気に慣れてないだろうと思って、宵くんの緊張をほぐしてやろうと思っただけだ」

「貴方にそんな心遣いができるとは、到底思えませんけどね」

「心外だなぁ。僕傷ついちゃうよ?」

「どうぞご勝手に」


 宵は黙って深津と春加のやり取りを聞いていた。

 あからさまな嫌味の応酬に、火花がバチバチ見えるようだ。

 不意に、深津を捉えていた春加の視線が宵を振り向いた。


「そんなとこでぼさっとしてないで早く着替えて来い。おまえを送り届けなきゃ、昼休みにならないんだよ」

「……わかってるよ」


 宵は春加の黒塗りの瞳を一瞥し、つぶやくように言う。


「またねー」


 そうしてひらひらと手を振る深津に軽い会釈を返し、スタジオを後にした。

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