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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第9章 燕の歌

 到底、堪えられない真実だった。
 ああー、とも、うおーとも聞き取れぬ唸りが知勇の口から洩れ出る。
 知勇の眼に、汚れていないはずの両手が真っ赤に染まって見える。この血は父のものだ。
 知勇がかつてよく親しんだ書物にも、この世で最も尊いものは両親であると説いていた。
 この罪は生涯、消えることはない。父殺しの大罪を背負ってなど、生きてゆけるものではない。
 知勇はひろげた両手を震わせながら、惚(ほう)けたように血だらけの父親を見下ろしていた。

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