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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第9章 燕の歌

知勇は両の拳にぐっと力を込めた。
「父上、私は惚れた女をそのように卑怯な―力づくで手に入れようとは思いません。たとえ彼女が振り向いてくれなくても、私は彼女の幸せだけを願い、彼女を想い続けます」
「ホホウ、そこまで申すのなら、この父がその女を先にものにしてしまえば、いかがする? それでも、そなたは平気でいられるか? 父よりも先にその女を得ようとするであろう、たとえ力ずくでも」
 正史が口の端を歪める。
 刹那、知勇の中で音を立てて切れたものがあった。
「父上、たとえ、言葉だけでも彼女を辱めるような真似は止めて下さい」
「フン、どこの娘か知らんが、堅物で知られるそなたをそこまで骨抜きにした娘とはな、いや、冗談ではなく、儂も見てみたくなった、知勇、どこの娘なのだ?」
 やに下がった顔で問う正史を、知勇が掬い上げるような眼で見た。
 許せない、あの娘を、香花を、今度はこの父親は奪おうというのか。
 いや、そのようなことをさせるものか。あの少女を辱めるような真似はどこの誰にもさせない。そんな奴がいたら、見つけ次第、殺してやる。

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