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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

 一夜明けたその朝、香花と林明、桃華の三人は町外れの酒場にいた。
 酒場といっても、飯も食べさせる食堂も兼ねている。
 金を払えば座敷にも上がれるが、大抵の客は野外に置かれた粗末な卓と椅子に陣取り、酒を呑む。どこでも見かけるようなうらぶれた場末の酒場だが、幾つかある卓は皆、殆ど客で埋まっていて、結構繁盛しているようだ。
 若い男たちに犯されそうになった香花は疲れた身体をひきずるようにして漸くここまで辿り着いたのだ。
 香花たちは片隅の一つだけ空いた卓を囲んでいた。卓の上には適当に注文した品が幾つか並んでいるが、誰一人として箸さえつけないまま、とうに冷めてしまっている。
 最早、体力も気力も限界に達していた。
 これまで香花は自分が女々しいだとか弱いだとは思ったことはない。両班家の娘にしては気丈で少々のことではへこたれないと思っていた。しかし、この有り様はどうだろう!
 屋敷を出てからまだ夜が明けただけだというのに、もう心身共に疲れ切ってしまっている。
 このまま地面に倒れて眠ってしまいたいとすら思うほど疲弊していた。
 自分では一人で生きてゆくだけの力も甲斐性もあると思っていたのに、やはり、それは自惚れというものだったのだろう。香花もまた両班という身分に守られ、ぬるま湯に浸かって育った甘っちょろい人間にすぎなかったのだ。
 そう思うと、余計に落ち込む。
 ゆく当てもない、頼る人もいない。これから先は、本当に自分だけの力で生きてゆかねばならないのだ。
 こんな弱い自分に、そんなことが果たしてできるのか。
 と、隣の小卓から賑やかな話し声が聞こえてきた。

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