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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

「―人は見かけによらないもんだな」
「全くだ。崔承旨さまといえば、国王殿下も忠臣と認め、頼りにされていたっていうじゃないか。それに、人品賤しからず、両班の身分にも驕らない情け深い方だと評判だった。そんな方がよりにもよって国王殿下への謀反を企んでいたなんて、こいつは世も末だよ」
 フラリと隣に座る林明が立ち上がった。
「貴様ら、無礼だぞ!」
 それでなくとも、両班の子息の格好は目立つ。香花は今日中には町の古着屋で自分たちの衣服と古着を交換して貰うつもりでいた。絹の仕立ても良い上等な服ゆえ、庶民の服と交換して貰うのも比較的簡単だろうと踏んでいたのだ。
「な、何だ、こいつ」
 中年のどうやら三十代後半と思しき二人連れはこざっぱりした身なりではあるが、やはり庶民には違いない。
「両班の小倅か」
 じろじろと眺める無遠慮な視線に、林明はますますいきり立つ。
「林明さま、ここは我慢して下さい。今、人眼に立つのは非常にまずいです」
 傍らから香花が囁き、林明の手を強く引っ張った。
「済みません、まだ子どもなので」
 香花が微笑むと、二人の男たちは意味ありげに目配せし合い、〝い、いや〟と頬を赤らめる。また何もなかったかのように熱心に話し始めた。
「先生、あの者たちの申すことは真なのですか?」
 林明が訊ねてくるのに、香花は慌てて林明の口を手で覆った。
「坊ちゃん、静かに。ここで騒ぎを起こすのは良くありませんよ」
「先生―、父上は本当に悪者なのか? あの者たちの申すように、国王殿下への謀反を企んでいたのですか」

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