
山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第9章 生まれ変わる瞬間
この儂がおめおめとこのような若造の目論見にしてやられるとは、何という失態。
県監は行き場のない怒りに身を震わせる。
これに先立つこと少し前のことになる。
まだ尚凞が役所の執務室で何も知らず、いつものように部下に当たり散らしていた頃、尚凞の屋敷は俄にあまたの役人に押し入られた。
夫人は仰天し金切り声を上げるし、召使いたちもまた動揺して逃げ回る始末。そんな中、盛装した美しい若者がなだれ込む下級役人たちに続いて颯爽と乗り込んできたのだ。
夫人も大勢の召使いの誰もが
―暗行御使出御、暗行御使出御。
と賑々しく叫ぶ声を確かに聞いた。
―あ、暗行御使ですって。
夫人はそう言うなり、気を失った。彼女だとて、良人がどれほどの悪事に手を染めているかくらいは知っている。
どうやら、突如として現れた暗行御使は忽ちにして蔵を開け、中身を下級役人どもに運び出させてしまったようだ。
良人も今度という今度は、これまで重ねたきた数々の悪事の言い逃れはできないだろう。
彼女がひたすら怖れたのは何も良人の身ではなかった。良人が失脚―どころか罪人になってしまえば、趙氏は両班としての地位も暮らしも剥奪される。そうなれば、夫人だとて今までのような贅沢三昧の暮らしを失うのだ。
―こんなことなら、蔵の中の首飾りの一つや二つ、かすめ取っておけば良かった。どうせ判りはしないのだもの。
ほぞを噛んだが、時は既に遅かった―。
さて、一方、尚凞はまさに茫然自失といった体であった。幾ら彼でも、暗行御使がどれほどの力を持つかは知っている。暗行御使は王命によって設置される有事の際のみの役職であり、隠密なのだ。
派遣された場所では国王に代わって事を処理する権限を持ち、県監さえ罷免できる。国王に代わって裁きを行うということは、つまり、王と同等の権限を有することを意味し、何人も逆らうことは許されない。
「尚凞どの、これで納得がいかれましたかな」
わざとらしい丁重な言葉遣いが余計に厭味である。尚凞は恨めしげに若者、もとい暗行御使を見上げた。
県監は行き場のない怒りに身を震わせる。
これに先立つこと少し前のことになる。
まだ尚凞が役所の執務室で何も知らず、いつものように部下に当たり散らしていた頃、尚凞の屋敷は俄にあまたの役人に押し入られた。
夫人は仰天し金切り声を上げるし、召使いたちもまた動揺して逃げ回る始末。そんな中、盛装した美しい若者がなだれ込む下級役人たちに続いて颯爽と乗り込んできたのだ。
夫人も大勢の召使いの誰もが
―暗行御使出御、暗行御使出御。
と賑々しく叫ぶ声を確かに聞いた。
―あ、暗行御使ですって。
夫人はそう言うなり、気を失った。彼女だとて、良人がどれほどの悪事に手を染めているかくらいは知っている。
どうやら、突如として現れた暗行御使は忽ちにして蔵を開け、中身を下級役人どもに運び出させてしまったようだ。
良人も今度という今度は、これまで重ねたきた数々の悪事の言い逃れはできないだろう。
彼女がひたすら怖れたのは何も良人の身ではなかった。良人が失脚―どころか罪人になってしまえば、趙氏は両班としての地位も暮らしも剥奪される。そうなれば、夫人だとて今までのような贅沢三昧の暮らしを失うのだ。
―こんなことなら、蔵の中の首飾りの一つや二つ、かすめ取っておけば良かった。どうせ判りはしないのだもの。
ほぞを噛んだが、時は既に遅かった―。
さて、一方、尚凞はまさに茫然自失といった体であった。幾ら彼でも、暗行御使がどれほどの力を持つかは知っている。暗行御使は王命によって設置される有事の際のみの役職であり、隠密なのだ。
派遣された場所では国王に代わって事を処理する権限を持ち、県監さえ罷免できる。国王に代わって裁きを行うということは、つまり、王と同等の権限を有することを意味し、何人も逆らうことは許されない。
「尚凞どの、これで納得がいかれましたかな」
わざとらしい丁重な言葉遣いが余計に厭味である。尚凞は恨めしげに若者、もとい暗行御使を見上げた。
