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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第9章 生まれ変わる瞬間

 どう見ても、まだ十八、九、二十歳前にしか見えない。なのに、この若さで暗行御使に任じられるとは、相当優秀で前途有望なのだ。確かに、尚凞が見ても、年齢には見合わない堂々とした物腰や落ち着きぶりは、まさに未来の大器と形容するにふさわしく思えた。
 それに、悔しいかな、頭の回転がすごぶる速い。
「―畏れ入りましてございます」
 ここで今更、悪あがきをしても仕方ない。かえって暗行御使の心証を悪くするだけだ。
 尚凞は人が変わったように殊勝に頭を下げた。
 これで終わりかと思いきや、暗行御使はまた、とんでもないことを言い出した。
「ところで、尚凞どの。更にもう一つ、訊ねたいことがある」
「なんなりとお訊き下さい。ここまで来たからには、もう何の隠し立てを致しましょう」
 暗行御使は満足げに頷いた。
 へっ、鼻持ちならない若造めが。
 心で悪態をつき、尚凞は態度だけは大人しくうなだれていた。
「そなたの罪状については、税の不当な搾取と横領、密売の他に、今一つある」
 尚凞はもう、青天の霹靂である。
 眼を白黒させて若い暗行御使を見つめた。
「そなたは山茶花村の娘臨(イム)ヘジンなる者を殺害したであろう」
 暗行御使の声は容赦がなかった。容姿のたおやかさとは裏腹に、尚凞ですら思わずひれ伏してしまいたくなるほどの圧倒的存在感を放っている。
「滅相もございません」
 尚凞はその場に手をついた。
「繰り返して申し上げますが、何を証拠にそのような途方もない作り話をなさるのでしょう?」
 そう言いながらも、尚凞は背中を冷や汗が流れている。緊張と衝撃の連続で、ただでさえ汗かきの彼は今や、服がしっとりと湿るほどの汗を身体中にかいていた。
 この生意気な若造は怖ろしいくらいに頭が切れる。あの件については証拠らしい証拠は一切残っていないし、まさかとは思うが、万に一つ、何かを掴んでいるのだとしたら?
 尚凞が上目遣いに窺っていると、暗行御使は形の良い唇を引き上げた。少女と言っても通りそうなほど綺麗な面には不敵な表情が浮かんでいる。

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