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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第9章 生まれ変わる瞬間

 県監が何者かと眼を見開く。
 若者は羽根のついた帽子を被り、役人としての正装に身を固めている。年の頃は十八、九、眼許の涼しげな若者だ。
 県監はこの若者をどこかで見たような気がしたけれど、いつどこで見たのかは、どうしても思い出せなかった。
「貴様は誰だ?」
 県監が鋭く口を挟んだ。しかし、若者の背後に静かに控える男を見て更に仰天した。こんなときでなければ、県監が愕きのあまり、あんぐりと大口を開けたままなのは笑える見物だったに違いない。
「吏房、何故、今更、そなたがここにいるのだ!」
 県監は大声で叫び、ハッと自らの口に手を当てた。孔インスは既に吏房の前職を解雇され、役人ではない。インスを辞めさせたのは、他ならぬ県監自身ではないか!
 見知らぬ若造は偉そうに高い場所でふんぞり返っている。あそこは、役所の首長である県監趙尚凞さまの座る場所のはずだ。憎らしいインスめが、若造の傍に影のように寄り添っているではないか!
 以前から、何かといえば〝あれをしては駄目だ〟、〝このようにすべきだ〟と口煩い男で邪魔者だと思っていたが、難なく尚凞の居場所を奪い取ってしまったあの若造の忠犬よろしくぴったりと傍にいるのを見れば、なおのこと憎らしい。
 何故、あんなぽっと出の若造が長年、県監として民のために尽くしてきた儂を差し置いて、あんな場所に座っているのだ。
 しかも、どのような手を使ったのかは知らないが、若造はまたたき一つするほどの時間で役人たちの心を掌握してしまったようだ。
 考えれば考えるほど、腹立たしく、何故、自分がこれほど不当な仕打ちを受けねばならないのかと県監はいきり立った。
「貴様は何者だ! いきなり現れ、このような大それたことをしでかすとは。まだ若造の癖に、身の程を知るが良かろう。畏れ多くも都におわす国王殿下より県監に任ぜられている儂にこうもあからさまに楯突くとは、さては謀反でも企てておるつもりか?」
 フと若者が笑う。その尊大にも思える思わせぶりな笑い方が更に県監の怒りを煽った。
 青二才に馬鹿にされていると思ったのだ。若者の秀麗な面には確かに嘲笑めいた笑いが浮かんでいる。

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