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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第9章 生まれ変わる瞬間

 長い夜が明けた。
 翌朝、凛花はひそかに地方役所に出向き、今はインスに代わって次官を務める馬(マ)セベクに内密の対面をした。幸いにもセベクはインスとは親友でもあり、正義感溢れる男だった。凛花が馬牌を見せて暗行御使であると身分を明かすと、愕きはしたものの、全面的に協力する旨を誓い、恭順の意を示した。
 むろん、凛花は男装をしており、〝皇文龍〟と名乗っていることは言うまでもない。
 同じ日の昼下がり、役所は俄に喧騒に包まれた。
 県監は丁度その時、執務室にいたが、あまりの騒々しさに仰天した。様子を見に部屋を出たところ、吏房の馬セベクに捕らえられ、縄を掛けられる。
「何事だッ? 上官たる儂にこのような無礼をして、貴様は気は確かか?」
 怒鳴り散らす県監に、セベクは慇懃に応えた。
「あなたのような方の下で働くには、今、あなたが言ったように正気など手放さないと駄目でしたよ。あなたは民を労らなければならない立場にありながら、その民をさんざん苦しめた。悪政に喘ぐ民たちを見るには、正気を保ってなどいられませんでした」
「な、何だと」
 県監は怒りのあまり顔を朱に染めた。セベクはそんなかつての上官には構わず、さっさと引っ立てて役所の前の庭に連れて行った。
 庭には上役から下っ端までの役所の役人たちがこぞって集まっている。皆、ほんの少し前までは県監に服従を誓っていた者たちばかりである。とはいっても、彼らは皆、心からの忠誠心を県監に抱いていたわけではない。ただ家族に危険が及ぶとか、役所を辞めさせると脅され、渋々従っていたにすぎない。
 極悪非道な県監が逮捕されると聞き、誰もが嬉々としてセベクの命に従った。 
 ここは普段なら、捕らえた罪人を尋問するのに使用される。
 役所の長たる県監がまるで科人のように縛られ、引き据えられているのだ。県監はあまりの屈辱に今にも憤死しそうにさえ見えた。
 県監は口から唾を飛ばしながら喚いた。
「お前たちッ、一体、これは何のつもりだ。謀反でも起こすつもりか」
 その時、役所の建物の扉が開いた。一人の若者が姿を現し、普段なら県監自身が座るはずの椅子にゆったりと腰掛ける。
 地面に座った県監は必然的に上段の若者を見上げる格好になった。

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