
山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第9章 生まれ変わる瞬間
不意を突かれ、尚凞が一瞬怯んだ隙を凛花は見逃さなかった。素早い動きで男の下から這い出て、立ち上がる。そのままの勢いで床に散らばる夜着を肩から羽織り、部屋を横切った。
「待て、待たぬか」
尚凞が血相を変えて喚くのにも頓着せず、凛花は両開きの扉を押し開けようとする。最初はなかなか開かなかった戸も死に物狂いで体当たりすると、呆気なく開いた。
尚凞の寝所は母家とは別に、独立した一戸建てになっているらしい。或いは夫婦の寝所は別にあるのだろうか。ここは尚凞が攫ってきた女と一夜を過ごす特別な場所なのかもしれない。
室の前の縁廊に出て、短い階を駆け下りる。
庭にはまだ二日前に降った雪が半ば消えずに溶け残っていた。踏み固められた雪には人が行き来した跡がくっきりと残り、新雪の眩しいほどの美しさは跡形もない。
まるで、県監に穢された自分のようだ―。
凛花は一瞬、哀しく思った。
山茶花の鮮やかな紫色と冬なお眩しい緑の葉が白い雪に映え、凛花の眼を射た。
「待てッ、待つのだ」
尚凞は血走った眼をぎらつかせながら、凛花の後を執拗に追ってくる。
「おのれ、折角手に入れた獲物を儂が逃がすと思うてか」
怒りに燃え立つ眼は追いつめられた獣を思わせた。
県監が大声で喚き散らしている中に、わらわらと屈強な男たちが姿を現した。ヘジンを襲ったときに見た、あの連中である。恐らく彼らがヘジンを攫い、県監に陵辱された彼女を殺害したに違いない。
男たちがそれぞれ手にした松明が赤々と燃えている。風が焔を煽り、庭一帯に荒々しく躍る影ができていた。
庭には山茶花を初め、様々な樹が植わっている。凛花は樹々が作る闇を利用して巧みに男たちの追跡を逃れた。
眼前に屋敷を囲む塀が見えてくる。もうこれ以上は一歩も動きたくないと思うほど疲れていたけれど、ここで倒れてしまえば、すべては終わる。凛花を捕らえた県監は今度こそ、徹底的に容赦なく凛花を犯すだろう。
あんな男に抱かれると想像しただけで、死んだ方がマシだと思えた。でも、死ぬわけにはゆかない。あの夢の中でも凛花は最後まで諦めなかったのだ。
「待て、待たぬか」
尚凞が血相を変えて喚くのにも頓着せず、凛花は両開きの扉を押し開けようとする。最初はなかなか開かなかった戸も死に物狂いで体当たりすると、呆気なく開いた。
尚凞の寝所は母家とは別に、独立した一戸建てになっているらしい。或いは夫婦の寝所は別にあるのだろうか。ここは尚凞が攫ってきた女と一夜を過ごす特別な場所なのかもしれない。
室の前の縁廊に出て、短い階を駆け下りる。
庭にはまだ二日前に降った雪が半ば消えずに溶け残っていた。踏み固められた雪には人が行き来した跡がくっきりと残り、新雪の眩しいほどの美しさは跡形もない。
まるで、県監に穢された自分のようだ―。
凛花は一瞬、哀しく思った。
山茶花の鮮やかな紫色と冬なお眩しい緑の葉が白い雪に映え、凛花の眼を射た。
「待てッ、待つのだ」
尚凞は血走った眼をぎらつかせながら、凛花の後を執拗に追ってくる。
「おのれ、折角手に入れた獲物を儂が逃がすと思うてか」
怒りに燃え立つ眼は追いつめられた獣を思わせた。
県監が大声で喚き散らしている中に、わらわらと屈強な男たちが姿を現した。ヘジンを襲ったときに見た、あの連中である。恐らく彼らがヘジンを攫い、県監に陵辱された彼女を殺害したに違いない。
男たちがそれぞれ手にした松明が赤々と燃えている。風が焔を煽り、庭一帯に荒々しく躍る影ができていた。
庭には山茶花を初め、様々な樹が植わっている。凛花は樹々が作る闇を利用して巧みに男たちの追跡を逃れた。
眼前に屋敷を囲む塀が見えてくる。もうこれ以上は一歩も動きたくないと思うほど疲れていたけれど、ここで倒れてしまえば、すべては終わる。凛花を捕らえた県監は今度こそ、徹底的に容赦なく凛花を犯すだろう。
あんな男に抱かれると想像しただけで、死んだ方がマシだと思えた。でも、死ぬわけにはゆかない。あの夢の中でも凛花は最後まで諦めなかったのだ。
