
山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第9章 生まれ変わる瞬間
どうせ一夜の夜伽が終われば、明日には殺される哀れな娘の運命など、ウンニョにとっては実はどうでも良いのだ。もし攫ってきた娘が県監の意に背いたりでもしようものなら、とばっちりはウンニョたちにまで及ぶ。だから、凛花にくどいくらいに同じ科白を言い聞かせているに違いない。
両開きの扉が開いた。流石に、凛花も中に入るには勇気を要した。元々、自分自身で決めたことではあるけれど、他の娘たち同様、県監に恐怖を感じないわけではないのだ。いや、県監本人というより、色欲に溺れ切り、酷(むご)い所業を重ねても最早、良心の呵責を感じなくなってしまった男―その狂気が怖かった。
部屋の外―廊下には、まだウンニョたちがいるはずだと思って振り向こうとした時、いきなり背を強く押された。凛花は半ば突き飛ばされるようにして寝所に入った。
凛花の眼前で、扉が軋みながら閉まる。慌てて扉に手を掛けたけれど、外から何か細工でもしているのか、少し押しただけではビクともしない。
思わず諦めの吐息が洩れた。
室内は広く森閑として、まるで千尋の湖の底を思わせた。
入ってすぐの場所に県監が胡座をかいている。彼の前には小卓が幾つか並んでおり、様々な酒肴が所狭しと並んでいた。
県監の背中の向こう、部屋の奥には牡丹色の鮮やかな錦の夜具が二つ整然と並んでいる。昼間見れば美しいであろうその色彩も、燭台のほの暗い明かりの下では酷く淫猥に見え、凛花は思わず顔を背けた。
知らず身体が震え始める。
「おお、よくぞ参った。待ちかねたぞ」
県監は既にかなり酒が回っているようで、上機嫌だった。手招きされ、凛花は慌てて膝をつく。〝頭の弱い娘〟という触れ込みになっているため、あまり気の利いたことをしすぎても不自然に思われてしまうだろう。
「さ、もっと近くに参れ」
―行きたくない。心はそう叫んでいたけれど、行かないわけにはゆかない。
凛花は膝をいざり進め、少しの距離をあけて県監の傍に座った。しかし、県監はそれが不満だったようだ。忽ち眉間に皺が寄った。
「そのような遠くでは話もできぬ。もっと傍へ」
〝こうだ〟と、また手招きされ、凛花は仕方なしに半歩ほど間を縮めた。
両開きの扉が開いた。流石に、凛花も中に入るには勇気を要した。元々、自分自身で決めたことではあるけれど、他の娘たち同様、県監に恐怖を感じないわけではないのだ。いや、県監本人というより、色欲に溺れ切り、酷(むご)い所業を重ねても最早、良心の呵責を感じなくなってしまった男―その狂気が怖かった。
部屋の外―廊下には、まだウンニョたちがいるはずだと思って振り向こうとした時、いきなり背を強く押された。凛花は半ば突き飛ばされるようにして寝所に入った。
凛花の眼前で、扉が軋みながら閉まる。慌てて扉に手を掛けたけれど、外から何か細工でもしているのか、少し押しただけではビクともしない。
思わず諦めの吐息が洩れた。
室内は広く森閑として、まるで千尋の湖の底を思わせた。
入ってすぐの場所に県監が胡座をかいている。彼の前には小卓が幾つか並んでおり、様々な酒肴が所狭しと並んでいた。
県監の背中の向こう、部屋の奥には牡丹色の鮮やかな錦の夜具が二つ整然と並んでいる。昼間見れば美しいであろうその色彩も、燭台のほの暗い明かりの下では酷く淫猥に見え、凛花は思わず顔を背けた。
知らず身体が震え始める。
「おお、よくぞ参った。待ちかねたぞ」
県監は既にかなり酒が回っているようで、上機嫌だった。手招きされ、凛花は慌てて膝をつく。〝頭の弱い娘〟という触れ込みになっているため、あまり気の利いたことをしすぎても不自然に思われてしまうだろう。
「さ、もっと近くに参れ」
―行きたくない。心はそう叫んでいたけれど、行かないわけにはゆかない。
凛花は膝をいざり進め、少しの距離をあけて県監の傍に座った。しかし、県監はそれが不満だったようだ。忽ち眉間に皺が寄った。
「そのような遠くでは話もできぬ。もっと傍へ」
〝こうだ〟と、また手招きされ、凛花は仕方なしに半歩ほど間を縮めた。
