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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第8章 発覚

 今でも文龍と交わした初めての濃厚な口づけを思い出すだけで、頬が紅くなりそうだ。
 そういえば、インスはどことなく文龍に似ている。姿形ではなく、魂のどこか―奥深い根底の部分で似ているような気がしてならなかった。
 見かけだけでいえば、二人は正反対だ。誰にでも鷹揚で優しかった文龍に比べ、インスはどこか他人を突き放したような冷たさが薄い氷の膜ように彼を包んでいる。だが、インスの内面は文龍と同じように熱く、男気のある男だ。だからこそ、地方の役所を辞めさせられてまで、上官である県監に逆らったのだろう。
 だから、こんなにも気になるのだろうか?
 陰険で堅物のように見えて、実はとても優しいこの男のことが。
―凛花、私は待つよ。凛花が本当に私のものになる祝言の日まで待つからね。
 文龍はいつも凛花を労り、凛花を傷つけるようなことはけしてしなかった。
 でも、今から思えば、あの夜、勇気を出して文龍に抱かれていた方が良かったのかもしれない。
 凛花は哀しい想いで考えた。
 県監のもう一つの悪癖を暴く方法はちゃんとある。だが、それを実行するのは思った以上に勇気が要りそうだ。
―文龍さま、私に力を下さい。
 凛花は唇を噛みしめた。
 そんな凛花をインスが気遣わしげに見つめている。
 室内に小さな棚が置いてある。その上の一輪挿しに活けた山茶花の薄紅色が涙の幕の向こうでぼやけた。
 
 翌朝、インスが馬に乗ってやってきた。凛花が頼んだとおり、もう一頭の馬を引いている。大人しそうな白馬は見事な体軀と毛並みを持っていて、まるで天翔る神の御(み)使いとでも形容したいかのような駿馬であった。
「言われたとおり、連れてきた」
 インスは昨日の座敷での出来事などなかったかのように、屈託なくふるまっている。その何気なさがインスの優しさなのだ。
 やはり、インスは文龍さまに似ている。
 インスに惹かれ始めている自分の心を自覚すればするほど、凛花の心は絶望という名の感情で塗り尽くされてゆく。

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