テキストサイズ

山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第8章 発覚

 インスは一旦は村長の家に上がった。村長はまだ時折、腰痛を起こす。殊に今朝のように冷え込みの厳しい日は脚腰もよく痛むらしい。
 その度に凛花は痛み止めの薬を煎じて、村長に呑ませた。この村に来て村長の家に滞在するようになってひと月近く経った。
 甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてくれる凛花を、村長は実の孫のように思い始めているようだ。
 インスは村長に挨拶し、ひとしきり世間話に興じる。
 話の最中、ふとインスが首をひねった。
「何か今、庭で物音が聞こえなかったか?」
「犬か猫だろう?」
 凛花は応えたものの、インスの視線は〝ただ事ではない〟と語っていた。
「村長、あまり長話をしてお疲れになってもいけないので、今日はこれで失礼します」
 インスが丁重に言うと、潮時と思ったのか、村長も鷹揚に頷いた。
「吏房さま、また訪ねてきて下さい。日がな寝てばかりいると、退屈でしようがありません。若さまは心配性で、少し腰が痛むだけで、こうして重病人扱いですからのぅ」
 言葉とは裏腹に、凛花に心配されるのが嬉しくてならないといった面持ちだ。
 インスは殊勝に相槌を打ちながらも、吹き出すのを堪えているようだった。 
 山茶花はまだ薄紅色の花をつけている。二頭の馬は手近な桜の大樹に繋いでいた。真冬のこととて、桜は葉も花もなく、ただ太い隆とした枝を冬の空に張り巡らせているだけだ。
 昨日から降り始めた雪は今朝になって漸く止んだ。庭には白い雪がうずたかく積もっている。そのさらさらとした雪を踏みしめ、凛花とインスは歩いた。
 凛花が白馬に乗ろうとしたまさにその時、異変が起こった。白馬が突如として暴れ出したのだ。
 白馬に跨った凛花を振り落とそうと、白馬は猛烈に足を踏み鳴らした。
「長生(チヤンセン)、どう、どう」
 傍にいたインスが急いで白馬を宥めにかかる。長生と呼ばれた白馬は前脚を高々と上げ、鼻から荒い息を洩らしている。
 どう見ても尋常な状態には見えなかった。
 しばらく暴れていた長生が漸く落ち着いた。馬の鼻面を撫でてやりながら、インスは不審げに長生を眺めていた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ