テキストサイズ

山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第7章 花の褥(しとね)で眠る

 県監の不正を御使として裁こうにも、まずは証拠を掴まねばならない。あの吏房―孔インスという男は信じても良いだろう。口数は少ないが、物事を的確に捉え分析する能力は愕くに値する。義侠心も強いようだから、この一件を解決するにはインスの協力を仰いだ方が賢明というものだろう。
 では、どうやって、証拠を掴むか? そのためには、やはり県監の屋敷に忍び込み、蔵にしまい込んである海産物などを見つけねばならない。
 更に県監に侵入を気づかれる前に、県監本人を捕らえ、役人たちを屋敷に派遣して証拠の品を取り押さえさせるのだ。仮に県監にここちらの動きを勘づかれてしまえば、事は難しくなる。
 警戒した県監が蔵の中の品々をどこかもっと人眼につかない場所に隠してしまう怖れがあるからだ。そのためにも、事は極秘に進め、しかも短期間の中に終わらせねばならない。
 ここまで考えて、凛花は暗澹とした。
 やはり、いちばんの難関は、県監の屋敷に潜入することだ。県監は猜疑心の強いの男で、常に屈強な用心棒たち―ヘジンを襲った男たちだ―を身の回りに置き、昼夜を問わず屋敷の内外を見張らせている。
 彼らは所詮、寄せ集めの荒くれ者ばかりで、正式に武術の訓練を受けたわけではない。県監が抱えている私兵はヘジンを襲っていた奴らだけではなく、他にも大勢いる。
 腕っ節自慢の奴らゆえ、屋敷にいる男たちに束になってかかってこられれば、幾ら武芸達者な凛花とインスでも、二人だけで彼らを打ち負かすのは骨が折れるかもしれない。
 できれば、一度目の潜入で事を成功させてしまいたい。では、どうすれば―。
 思案に暮れていると、家の回りに張り巡らせた柴垣に付いた戸が開く音がした。
「まさかと思うが、チルボクがここに来ていないか?」
 聞き憶えのある声に、凛花は愕いて顔を上げる。
「いや、チルボクは一度も来てはいないが」
 見上げたインスの顔は蒼白だった。
 その瞬間、凛花の心を嫌な予感がよぎった。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「―」
 インスが茫然と立ち尽くしている。湧き上がった不吉な予感はいよいよ濃くなった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ