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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第7章 花の褥(しとね)で眠る

「私の父がたまに腰が痛いとぼやいていたので、灸をしたことがあるのですよ。最初は医者がやっていたのを傍で見て、見様見真似でね」
「若さま」
 ふと呼ばれ、凛花は横たわった村長を見た。
「何でしょう」
「儂は、若さまがご自分でおっしゃっているようなお方にはどうしても思えないんですがな」
 凛花は眼を見開き、老人を見つめる。
 村長の細い眼が凛花の心を射貫いた。
「若さまは放蕩が過ぎて、ご両親に勘当されたと言われましたが、儂には、あなたさまが多情で大勢の娘を泣かせるような不誠実な男には見えません」
 確かに、亡くなったヘジンにも似たようなことを言われた。凛花は何となく居心地が悪くなり、視線をさ迷わせた。
「こんな身寄りのない年寄りにも優しくして下さる。儂は若さまが両班だからと身分を笠に着て偉ぶっているのを見たことがありません。そんな若さまが他人を泣かせたり不幸な目に遭わせたりするはずがない。少なくとも儂はそのように思います」
「それは―」
 凛花は口ごもり、早口で言った。
「村長の家にこうしてご厄介になっているからです」
「そう―ですか。あくまでも若さまがそのように仰せなら、そういうことにしておきましょう。ですが、若さま、私のような取るに足りぬ者でも六十年以上生きてきて、悟ったことがあります。それを今、ここで申し上げてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、何なりとおっしゃって下さい」
 凛花が促すと、村長は目を伏せた。
「若さま、本当の自分を偽ることはできませんぞ」
「―」
 その何げない科白に、凛花は弾かれたように面を上げた。
「たとえ、どれだけ上辺を取り繕い偽りの姿を演じようと、その人の本質は自ずから明らかになるものです。若さまはけしてご自分が仰せのような良い加減な堕落した人間ではない。儂には判ります。むしろ、その逆、困った者を見過ごしにはできない優しいお心をお持ちのはず」
 村長がゆっくりと眼を開く。凛花はその真摯な瞳を直視できず、うつむいた。

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