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たまゆらの棘

第2章 燃ゆる日々

藤原のマンションのすぐ目の前には公園があった。今、倫はそこにいた。コンビニで買ってきた猫缶を開けると、目立たない場所に皿を置き、猫の餌を入れた。すると、どこからともなくニャアという声が聞こえて、汚れた白い猫が来た。猫は倫の足にすり寄ってから、皿の餌をガツガツと食べた。手のひらに乗る位の小さな頃から、倫はこっそりここで餌をやっていた。だが生粋のノラらしく、倫が触ろうとすると逃げ、自分を触らせなかった。餌を食べる前にだけ、足元にすり寄ってきた。倫は逃げるのがわかっていたので猫のそのままにしていた。

ある夜、それが藤原に見つかったのだ。見つかってどうという訳でもなかったが、それならうちで飼えばいいと言った。
「いや。無理だよ。チーコは…人に懐かない。」
「チーコ?」
「こいつの名前。」藤原は少し黙った後に言った。
「…ダサい名前だな。」
「いいんだよ!こいつはノラなんだからダサいチーコでちょうどいい!」倫は顔を赤らめて言った。
「そうか。」藤原は鼻で笑った。「チーコか…」藤原はベンチに腰掛け煙草をくゆらせた。
「メスだと思うんだ。去年の秋、大きなお腹だったことあるから。」
「メスだろ。」
「もうすぐ春になる。チーコ、またどこか行っちまうのかな…」「ん?」
「秋に大きなお腹で急に帰って来なくなった。しばらくしたら、ガリガリになって戻ってきたんだ。」「…そうか。まあ春も猫の繁殖期だからな。秋に子猫は連れて来なかったか?」「来ないよ。」
「はあ…それじゃ流産でもしたかな。」
「え?」
「普通、しばらくしたら餌場に連れてくるはずだから。子猫。」
「…そうなんだ。藤原、詳しいな。」
「んー?昔、飼ってたからな。それこそ十匹くらい。」

昔…藤原の少年時代はどんなだったのだろうと倫は一瞬、思った。

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