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アルカナの抄 時の掟

第8章 「隠者」正位置

「――私のように、ここで過ごすうちに思い出す者」

当たり前のように寄り添う日常に、何の疑いも持たず過ごす。そんなある日、突然、自分でなかった自分を思い出す…。

「そんなことがあるんですか」

「そのようです。まあ、そういった人間がいなければ、こんな話できませんし」

「思い出したきっかけは、なんだったんですか?」

「わずかな違和感から、ですかね。完全には思い出せていませんが」

「どんなことを思い出したんですか?」
もとの世界でのヴェキはどんな人だったんだろう、とカオルが興味津々に聞いた。ヴェキはわずかに笑む。

「…この世界での私たちは、もとの世界での自分たちとはまったく異なります。偽の思い出や地位を与えられ、その役の通りに演じ続ける――さしずめマリオネットでしかないのです」
ヴェキはやや自嘲ぎみに言った。

「あなたは今、もとの世界へ戻りそうになったのではありませんか」
やや確信を持って尋ねている。そんな口調だった。

もとの世界…?

「確かに、向こうの景色っぽいのが見えてました…」

「あなたは、もしかすると――皇妃であることを、一度拒否したのではありませんか?」

どきりとした。確かに、ここへ来る前…もうやめたい、と思った。いっそもう、なにもかも捨てて、楽になってしまいたいと。

けれど、今は違う。自分の弱さに向き合い、認めることができた。

「恐らくですが、あなたは…皇妃となるべく、この世界にとどまった。ですが、あなたは心からその“役”を拒んだ――だから今、もとの世界に戻されようとしているのでしょう」

戻れば…アルバートには二度と会えない。アルバートのことも、自分自身のことも――やっと、受け入れることができたのに。

「いやだ…戻りたく、ない」

「遅かれ早かれ、この世界の人間は、いずれ皆自分の世界へ戻ります。それが時の交わるこの世界の掟。――時の掟です」
確信したような言い方だ。戻っていった人を、何度も見てきたのだろうか。

「それは、その役としてすべきことをし終えたときか、その資格を失ったとき。もう少しとどまりたいのであれば、皇妃“役”としてこの世界に必要とされなければならないでしょう」

「皇妃として必要とされる…」

どうすればいいんだろう。…ううん、どうしたいんだろう、私は。

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