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アルカナの抄 時の掟

第8章 「隠者」正位置

そういえば、と思い出す。カオルにはずっと気になっていたことがあった。

先ほどは場所が場所だったので口を挟むのをやめたが、カオルは昨日、教会で宮殿の人間らしき者を見かけていた。ヴェキの言っていた者と、同一だろうか。

カオルは、言おうか言うまいかしばらく迷ったが、結局言わなかった。しばらく無言で歩いていると、見覚えのある景色が見えてきた。この世界に来て、初めて見た場所だった。遠くには、懐かしい街なみが見えた。

にぎやかな通りを抜け、カオルたちは宮殿へ戻ってきた。戸惑いがまったくなかったわけではないが、カオルは迷いなく門をくぐる。ヴェキの離れへ向かうその表情は、昨日よりも決意に満ち、凛々しかった。

その姿を二階から見ていた人物がいた。アルバートは無表情のまま背を向け、中へ入っていった。





離れへ着き、浴室を借りる。それから食事を済ませ、食堂から出たところで、アルバートとばったり出くわす。アルバートは今からなのだろう、見事なすれ違いっぷりだ。

目が合う。アルバートの目は相変わらず冷めていた。だがカオルは目をそらさず、むしろじっと見つめた。その奥に隠されたものを覗き込むように。

今なら少しだけわかる。これは、油断しないよう、あらゆるところまで気を巡らせ、はりつめた目。そして、国も、カオルも――すべてを守ろうと、皇帝としての決意を秘めた目だ。

…だけど、知らないふりをしなくちゃ。苦しくても、寂しくても。じゃなきゃ、アルバートの苦労が水の泡になるかもしれない。国が危なくなるかもしれない。

私はただ、アルバートのすることを受け入れていればいい。ついていけばいい。多分、それが信じるってこと。少し離れたところから、皇帝のすることを見守ろう。私は皇妃なんだから。

それに、孤独なのはアルバートだって同じ。きっと、敵の正体がわからない今、誰も信じることができないでいるだろうから…。

アルバートから目を離す。そのまま、なにも言わずアルバートの横を通りすぎた。

しばらく辛抱したら、きっとすべてが丸く収まるよね。…信じて待ってるから。アルバート…。

振り返ることなく、カオルは離れへ向かう。

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