テキストサイズ

胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第33章 儚い恋

 それでも、なお兵庫之助は泉水を庇った。
 こんな優しい男を、尚更騙すことはできないと思う。
 泉水は小さく息を吸い込んだ。
「私は、男のひとを受け容れられないんです」
 ひと息に言うと、流石に頬が赤らんだ。
「何―だって? それは、どういう意味なんだ?」
 兵庫之助が素っ頓狂な声を上げる。
 泉水はますます頬を染めながら、それでも、たどたどしい言葉で話し始めた。
 初めは上手くいっていた泰雅との関係が次第にぎくしゃくし始めたこと。その原因は泰雅だけにあるのではなく、自分の潔癖さにもあったこと。五年前に榊原の屋敷を出て、ひそかに身を隠したことも、江戸から遠く離れた月照庵に身を寄せていたことまで話した。更に、黎次郎の出産、出家と順を追って話し、泰雅から半ば脅迫され、江戸に戻らざるを得なくなった話までを延々と話した。
 長い話になった。すべてを語り終えた時、既に夜はかなり更けていた。
「そうだったのか」
 兵庫之助が吐息を洩らした。
「そいつァ、お前もさぞかし辛かったろうな」
 意外な言葉に、泉水は愕いて兵庫之助を見つめる。
「私は、男のひとを受け容れることができません。そのことを黙っていました。それゆえ、誰のお嫁さんになることも叶わない身なのです。ここに来た最初にお話していれば良かったのに、どうしても言えなくて。本当にごめんなさい」
 泉水が改めて手をつくと、兵庫之助は笑った。先刻までの彼とは別人のような、穏やかな包み込むような笑みだ。
「別に泉水が謝る必要はねえだろう。何も好きこのんで、そんな風に生まれついたわけでもなし、それは仕方のねえことだ。お前を責めても、どうにかなるものでもねえ。いや、それどころか、不幸な生まれのせいで、いちばん辛かったのは、泉水だろ。なかなか言えねえような話をよく話してくれたな」
 その言葉が心に溶け、傷ついた心を優しく潤してくれる。
「本当によく話してくれた」
 泉水はたまらず顔を覆った。湧き出てくるのは先刻までとは違い、哀しみがもたらすものではなく、嬉し涙であった。泉水を唯一、理解してくれた夢五郎でさえ、ここまでの科白をくれはしなかったのだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ