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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第32章 変化(へんげ)

「は、黎次郎君におかれましては、最近は乗馬にご関心をお持ちのようにございます」
 黎次郎のことを話すときの脇坂は、まるで実の孫の話をするようだ。相好を崩し、我が事のように自慢げに話す脇坂を見ながら、つくづくこの男に黎次郎を任せて良かったと思う。
「さりながら、黎次郎はまだ、たったの四つ。いかに何でも馬に乗るのは早かろう」
 思ったままを口にすると、脇坂は〝とんでもない〟と言いたげな表情で大仰に首を振る。
「お言葉にはございますが、奥方さま。黎次郎君はそんじょとそこらの小童(こわつぱ)とは違いまする。まだおん歳四歳ながら、早くも衆に抜きん出ておられ、学問のみではなく武術、馬術、剣術のお稽古も始められておりますれば」
 脇坂は口角泡を飛ばさんばかりに黎次郎を賞めそやした。
「今年になってから、殿より良き栗毛の子馬を賜り、彼(か)の馬を〝疾風(はやて)〟と名付け、それはもうたいそうお歓びにございます。我らの助けなぞなくとも、もう十分に疾風をお一人で乗りこなしておられますぞ」
「殿は―、黎次郎とお逢いになることは多いのか」
 泰雅のことは、あまり話題にはしたくはなかったのだが、つい訊いてしまった。
 父親としての泰雅は一体、どんな顔を持っているのか。
 脇坂はハッとした顔になった。
「は、されば、一日に一度は必ず若君さまにお逢いになられまする。例えば、学問は進んでいるかとか、どのような遊びをしているのかとか、そのような身近なことについてお訊ねになられ、若君がまたお父君にお応え申し上げるといった具合にござりましょうか。お父君とお話されるときの若君さまは、それはもう嬉しそうになされて。心よりお慕いになっておられるのが我等もお察しできるほどにて」
 話題が話題だけに、言葉を選んでいるのか、先刻までと口調が違う。
「殿もまた若君さまをたいそう慈しまれておられ―」
「もう、良い」
 泉水は叫んだ。
 叫んでから、自分の今の口調があまりにも烈しすぎたことに気付く。

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