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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第32章 変化(へんげ)

 確かに、あのときは黎次郎を連れ去ろうとする脇坂を恨めしく思ったこともないとはいえない。しかし、月日を経た今、脇坂が泰雅の家臣である以上、ああして命に従うしかなかったのだと理解できる。
 また、あの時、泉水は確かに自らの意思で黎次郎を手放し、脇坂に託したのだ。脇坂は、必ずや黎次郎を榊原家の立派な世継として育て上げると約束した。その言葉一つを信じ、黎次郎の将来を思い、断腸の想いで見送ったのである。
 今になって、あのときの選択は間違ってはいなかったと思う。脇坂は約束を守り、長年務めた家老職を退いてまで、黎次郎の養育ひと筋に生きてきた。その甲斐あって、黎次郎は利発な子に育っていると聞く。
「黎次郎は、この頃、どうしていますか」
 泉水はさりげなく話題を変えた。また、純粋に我が子の最近の様子を母として知りたかったという想いもある。
 世継の男子は通常、奥向きで育つものだが、奥向きで女ばかりに囲まれ育てば軟弱者になるとの脇坂の考えで、黎次郎は奥向きではなく表の方で育てられている。それは、泰雅の守役をも務めた脇坂ならではの、苦い反省でもあったろう。泰雅は元々、母景容院との縁(えにし)は薄く、奥向きで乳母の河嶋に育てられた。河嶋は泰雅を厳格に育てはしたものの、やはり、周囲が女ばかりでは、ついつい幼子を甘やかしてしまう嫌いはある。また、生母に顧みられぬ幼い泰雅を河嶋はどうしてもきつくは叱れなかった。
 十二歳で家督を継いでからも、泰雅は表よりは奥で過ごす時間の方が多かった。奥向きに仕える腰元に片端から手を付け始めてからは、更に奥に入り浸ることが増え、脇坂を初め重臣たちに眉をひそめさせたものだ。黎次郎に泰雅と同じ轍を踏ませてはならぬと、脇坂は幼い黎次郎を厳しく仕付け、何事においてもけじめと礼節を重んずることを殊に教えてきた。
 ゆえに、表で育つ黎次郎を泉水が見ることは滅多とない。一度だけ奥庭で遊び仲間―黎次郎と同じ年頃の重臣の子弟が小姓として上がっている。彼等は成人後は黎次郎の側近となるはずだ―と隠れ鬼をする姿を見たことがある。丁度、廊下を歩いていたときのことで、声をかけて抱きしめたい衝動を必死に抑えた。
 親子の対面もいまだに果たせてはいない。逢おうと思えば、むろん逢えぬことはない。だが、乳飲み子のときに手放した我が子に今更、母親面して逢う勇気はなかった。

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