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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第32章 変化(へんげ)

「ああ、生意気で小賢しいこと、この上もない。たいそうなことばかり申すくせに、実際には何もできぬではないか。妻の務め一つも果たせぬ、つまらぬ女じゃ。あたら良い身体を持っておりながら、その使いようも愉しみ方も知らぬとは、愚かで哀れな女よ」
「―」
 泉水はあまりの屈辱に、唇を噛みしめた。
「仰せの意味が私には判りかねます」
 淫らな言葉の数々には素知らぬふりを装った。
「このようなところでつまらぬ話なぞするのは、時間が勿体ない。さ、参るぞ」
 泰雅が少女を抱き上げる。刹那、弱々しい悲鳴が洩れた。
「いやっ、助けて」
 助けを求めるようにか細い手が差し伸べられる。
 泉水はたまらず、泰雅の側に駆け寄った。
「殿、お待ち下さりませ。見れば、その者はいまだ稚く、奉公に上がって日も浅いようにございます。ここは、どうかご辛抱あそばされ、その者をお許し下さいますよう、平にお願い申し上げます」
 平伏して頭を下げる妻を、泰雅は醒めた眼で見下ろしていた。
 短い沈黙があった。
「そなたがこの娘の代わりになるというのなら、考えぬこともないぞ」
「え―」
 泉水が弾かれたように顔を上げる。物問いたげな泉水の顔を見て、泰雅がニヤリと口許を歪めた。
「くどい。この者を抱く代わりに、そなたを抱いてやると申しておる」
「―そんな」
 泉水が呟くと、泰雅が癇に障る笑い声を上げた。
「俺は無理強いはせぬ。あくまでもそなた自身が決めれば良い。―さて、どうする」
 泉水は泰雅に抱かれた娘を見た。
 涙に濡れた瞳、無惨に乱れた着物。
 しかし、この男の言うなりになるのだけはご免だった。
「さて、どうなさるのかな、奥方さま」
 泰雅はわざと馬鹿丁寧な言葉を使っているようだ。
 また静寂。
 泉水は唇をひときわ強く噛みしめ、拳を握りしめた。

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