
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第32章 変化(へんげ)
「この奥向きに仕える女子衆は皆、主たるあなたさまのものにございます。それをあなたさまがどうなさろうと、私の知ったことではございませぬ。どうかお好きになさいませ」
「だ、そうだ。残念だな。どこかのお偉い尼君さまは他人を犠牲にしても己れの身は守りたいと仰せになられるそうだぞ」
泰雅が少女に言い聞かせるように言う。
泉水にとっては、あまりにも痛烈な皮肉だ。
抱えられた少女から絶望の呻きが洩れた。
まるで地獄の底から響いてくるような笑い声を上げながら、泰雅は少女を抱いたまま廊下を歩き去ってゆく。
その哄笑に混じって、少女の泣き叫び、助け求める声が響き渡る。泰雅はこれ見よがしに、途中で立ち止まり少女の口を吸い、くつろげられた懐に手を差し入れて乳を揉んだ。少女からひときわ大きな泣き声が洩れる。
泉水は、地獄絵のような光景から思わず眼を背けた。少女と泰雅の姿が廊下の曲がり角に消える前に、その場を逃れるように部屋に飛び込み、障子を閉める。
その場にくずおれ、両手で顔を覆った。
「奥方さま」
いつのまにか美倻が傍に来ていた。
痛ましげに呼びかけるのに、泉水は小さく首を振った。
「酷いことをした」
思わず呟くと、美倻は案じ顔ながらも、きっぱりと言う。
「あの場合は致し方ございませんでしょう」
「いや、私のした行いは人して許される所業ではない。殿の仰せのとおり、私は他人を犠牲にして、我が身の安泰を図ったのじゃ」
泉水は、あまりの情けなさに、本当に消えてしまいたい気分であった。
この仕儀を光照が知れば、どのように嘆くことだろう。一人でも多くの衆生を救いたい―一途に願って仏道に精進したはずだった。月照庵で光照から受けた御仏の教えを役立てるどころか、泉水は一人の罪なき少女を我が身の代わりに生け贄として差し出したのだ―。
「どうか、あまりお心を悩まされませぬように」
美倻はまだ不安げな面持ちで、泉水を見つめている。だが、今の泉水には返事を返す気力すらなかった。
「済まぬが、一人にしてはくれぬか」
頼むと、美倻は心を残す様子ながらも素直に命に従った。
「だ、そうだ。残念だな。どこかのお偉い尼君さまは他人を犠牲にしても己れの身は守りたいと仰せになられるそうだぞ」
泰雅が少女に言い聞かせるように言う。
泉水にとっては、あまりにも痛烈な皮肉だ。
抱えられた少女から絶望の呻きが洩れた。
まるで地獄の底から響いてくるような笑い声を上げながら、泰雅は少女を抱いたまま廊下を歩き去ってゆく。
その哄笑に混じって、少女の泣き叫び、助け求める声が響き渡る。泰雅はこれ見よがしに、途中で立ち止まり少女の口を吸い、くつろげられた懐に手を差し入れて乳を揉んだ。少女からひときわ大きな泣き声が洩れる。
泉水は、地獄絵のような光景から思わず眼を背けた。少女と泰雅の姿が廊下の曲がり角に消える前に、その場を逃れるように部屋に飛び込み、障子を閉める。
その場にくずおれ、両手で顔を覆った。
「奥方さま」
いつのまにか美倻が傍に来ていた。
痛ましげに呼びかけるのに、泉水は小さく首を振った。
「酷いことをした」
思わず呟くと、美倻は案じ顔ながらも、きっぱりと言う。
「あの場合は致し方ございませんでしょう」
「いや、私のした行いは人して許される所業ではない。殿の仰せのとおり、私は他人を犠牲にして、我が身の安泰を図ったのじゃ」
泉水は、あまりの情けなさに、本当に消えてしまいたい気分であった。
この仕儀を光照が知れば、どのように嘆くことだろう。一人でも多くの衆生を救いたい―一途に願って仏道に精進したはずだった。月照庵で光照から受けた御仏の教えを役立てるどころか、泉水は一人の罪なき少女を我が身の代わりに生け贄として差し出したのだ―。
「どうか、あまりお心を悩まされませぬように」
美倻はまだ不安げな面持ちで、泉水を見つめている。だが、今の泉水には返事を返す気力すらなかった。
「済まぬが、一人にしてはくれぬか」
頼むと、美倻は心を残す様子ながらも素直に命に従った。
