
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第30章 花惑い
が、仮に泉水が今、ここで自害でもしたりすれば、その河嶋をさえ、泰雅はただでは済まさないだろう。烈火のごとく怒り、監督不行届として、それなりの処罰を与えるに相違ない。泉水を取り戻した泰雅は、河嶋に泉水の身柄を託し、十分に監視するように言いつけたのである。それゆえ、泉水の扱いに、河嶋が過敏になるのも無理はないのだった。
「私は、そのような心配は致してはおりませぬ。奥方さまはご聡明な方にございます。そのお方が分別なきおふるまいをなさるとは思うてはおりませぬ」
河嶋は控えめではあるが、きっぱりとした口調で言った。
泉水はその強い視線にややたじろぎ、うつむいた。無意識の中に墨染めの衣の裾に付いた土をまた払う。そんな泉水を見て、河嶋が言った。
「そのようなことをお気になさるご必要はございませぬ」
泉水は河嶋の方を見ぬまま呟いた。
「されど、これ以外には何も着替えがないゆえ」
江戸より泉水を迎えにきたのは、重臣一人に輿を担ぐ人夫たち。それに若い腰元二人であった。その重臣から、何も尼寺から持参してはならぬと言い渡されたのである。むろん、それは泰雅の厳命であり、泰雅は着替えの法衣一枚すら持ち出すことを許さなかった。
「そろそろ打掛なぞお召しになられてみては、いかがにございますか」
その言葉に、泉水は弾かれたように顔を上げた。
「要らぬ! そのような俗世の女子のもの、たとえ串刺しにされたとて、二度と身に纏う気はない」
烈しい口調で言い返す泉水に、河嶋は穏やかに微笑みかけた。
「奥方さまがお望みであれば、明日にでも呉服商を呼び寄せ、何なりとお好みの布で新しい打掛を仕立てさせまする。殿よりもそのように計らえと申しつかっておりますれば」
「要らぬ、そのようなものは断じて要らぬ! 河嶋、そなたにも心あらば、どうか、このままの姿で過ごさせてたも」
最後は哀願するような口調になった。
「私は、そのような心配は致してはおりませぬ。奥方さまはご聡明な方にございます。そのお方が分別なきおふるまいをなさるとは思うてはおりませぬ」
河嶋は控えめではあるが、きっぱりとした口調で言った。
泉水はその強い視線にややたじろぎ、うつむいた。無意識の中に墨染めの衣の裾に付いた土をまた払う。そんな泉水を見て、河嶋が言った。
「そのようなことをお気になさるご必要はございませぬ」
泉水は河嶋の方を見ぬまま呟いた。
「されど、これ以外には何も着替えがないゆえ」
江戸より泉水を迎えにきたのは、重臣一人に輿を担ぐ人夫たち。それに若い腰元二人であった。その重臣から、何も尼寺から持参してはならぬと言い渡されたのである。むろん、それは泰雅の厳命であり、泰雅は着替えの法衣一枚すら持ち出すことを許さなかった。
「そろそろ打掛なぞお召しになられてみては、いかがにございますか」
その言葉に、泉水は弾かれたように顔を上げた。
「要らぬ! そのような俗世の女子のもの、たとえ串刺しにされたとて、二度と身に纏う気はない」
烈しい口調で言い返す泉水に、河嶋は穏やかに微笑みかけた。
「奥方さまがお望みであれば、明日にでも呉服商を呼び寄せ、何なりとお好みの布で新しい打掛を仕立てさせまする。殿よりもそのように計らえと申しつかっておりますれば」
「要らぬ、そのようなものは断じて要らぬ! 河嶋、そなたにも心あらば、どうか、このままの姿で過ごさせてたも」
最後は哀願するような口調になった。
