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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第26章 別離

「夢五郎さん、多分、私もあなたを好きなのだと思います。だからこそ、私はあなたを不幸にはしたくない。私が壁を越えられないことは、きっと、あなたを不幸にします。私にはそれが判っているから、あなたを巻き込みたくはない、もうこれ以上、誰も哀しませたくはないんです」
「姐さん―」
 夢五郎がわずかに眼を見開いた。泉水が直裁に自分の気持ちを伝えたことが、彼には意外だったのかもしれない。
「嬉しいことを言ってくれるねえ。良い女だよ。それでこそ、私の惚れた姐さんだ」
 確か二年前のことだ。初めて夢五郎に出逢った頃、幼い女の子の母親探しをしていた泉水は悩んでいた。自分を捨てた非情な母親をひたすら信じようとする女の子に、真実を告げるべきかどうか決めかねていたのだ。女の子の母親は新しい男が出来、更に男の子を孕んだがために、我が子を捨てて家を出たのである。
 幼い子ども告げるには、あまりにも酷い現実であった。そのときに、夢五郎は思い切って真実を告げるべきだと泉水に忠告した。あのときも、夢五郎は泉水に言ったものだ。
―良い女だよ。それでこそ、私の惚れた姐さんだ。
「ありがとう、姐さん。そこまでの言葉をくれたとなりゃア、私も男だ。ここは潔くきれいに引き下がろうって気にもなる。―なに、本音を言えば、姐さんには嫌われたくはねえ。ここでしつこく追いかけ回して、とことん嫌われちまうのは幾ら何でも惨めすぎる。姐さんの想い出の中では、夢売りの夢五郎ってえ男は良い奴だったと、いつまでも良い男として残っていて欲しいからね」
―たとえ、二度と逢うことはなくても。
 その科白を夢五郎は呑み込んだ。いや、二度と逢えないからこそ、想い出の中ではいっとう綺麗なものとして残しておきたいのだと思い直す。
「私の方こそ、本当に色々とありがとうございました。夢五郎さんにここで出逢っていなければ、今頃、私も黎次郎もどうなっていたか判りません。何とお礼を言ったら良いのか判らないくらい」
 泉水の胸に熱いものが込み上げる。
「どうも辛気臭えのは苦手だなァ。私の性には合わないみたいだ。なっ、姐さんも同類だろう。なら、最後は最後らしくなく笑って別れようぜ?」

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