
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第26章 別離
光照が二歳だった夢五郎を置いて綾小路家を出た最大の理由は、夢五郎が嫡子であり、いずれ家督を継ぐべき大切な子であったからなのだ。その夢五郎が家を捨て、世継の座を異腹の弟に譲ったことをどんな想いで受け止めたか―。その底に無念がなかったとはいえまい。
「私はあの人の腹の内なんざァ、この際、問題ではない。姐さん、もし、姐さんが私に行くなと言って止めるのなら、私は行かない。ずっと、夢売りの夢五郎のままでいる。今度こそ、藤原頼房なんていう、たいそうな名前も綾小路の家も捨てるつもりだ。また、姐さんが私に付いてきても良いと言うなら、私はこのまま姐さんをさらって京まで連れてゆく。もちろん、そのときは黎次郎も一緒にだ」
思いもかけぬ言葉であった。
先刻までとは異なり、真っすぐに見つめてくる。その視線を受け止めかね、泉水はうつむいた。
「私は本気だぜ、姐さん」
重たい沈黙が二人の間に横たわる。
泉水にとって夢五郎の言葉は意外ではあったが、同時に嬉しくもあった。このときになって、泉水は我が身がこの男に好意を抱いていたのだと悟らざるを得なかった。
だが、好もしく思うのと、生涯を共にするのとは事の重大さが違う。惚れているという気持ちまでではないにしろ、好きだからこそ、夢五郎を自分の我が儘に巻き込みたくはない、泰雅と同じ想いを味合わせたくないと思うのだ。
「夢五郎さんもよくご存知のように、私は人並の女ではありません。どなたかの妻になるということはできない身です」
正直に応える。
「どれだけ時間をかけて、お互いに理解し合おうと努力してみても、駄目か? けして越えられねえ壁なのかい」
越えられない壁。その言葉が、心に痛かった。そう、本当に自分にとっては、越えられない壁なのかもしれない。男に惚れても、その男を受け容れられない―、恐らく、相手が誰だとしても、同じだ。
と、夢五郎が微笑んだ。
「そうか、やっぱりな、姐さんなら、多分そう言うと思ったよ。済まない、姐さんがどれほどそのことで苦しんできたかを知ってるくせに、私までが余計なことを言って姐さんを苦しめることになっちまったな」
「いいえ」
泉水はかぶりを振り、少しの逡巡の後、言った。
「私はあの人の腹の内なんざァ、この際、問題ではない。姐さん、もし、姐さんが私に行くなと言って止めるのなら、私は行かない。ずっと、夢売りの夢五郎のままでいる。今度こそ、藤原頼房なんていう、たいそうな名前も綾小路の家も捨てるつもりだ。また、姐さんが私に付いてきても良いと言うなら、私はこのまま姐さんをさらって京まで連れてゆく。もちろん、そのときは黎次郎も一緒にだ」
思いもかけぬ言葉であった。
先刻までとは異なり、真っすぐに見つめてくる。その視線を受け止めかね、泉水はうつむいた。
「私は本気だぜ、姐さん」
重たい沈黙が二人の間に横たわる。
泉水にとって夢五郎の言葉は意外ではあったが、同時に嬉しくもあった。このときになって、泉水は我が身がこの男に好意を抱いていたのだと悟らざるを得なかった。
だが、好もしく思うのと、生涯を共にするのとは事の重大さが違う。惚れているという気持ちまでではないにしろ、好きだからこそ、夢五郎を自分の我が儘に巻き込みたくはない、泰雅と同じ想いを味合わせたくないと思うのだ。
「夢五郎さんもよくご存知のように、私は人並の女ではありません。どなたかの妻になるということはできない身です」
正直に応える。
「どれだけ時間をかけて、お互いに理解し合おうと努力してみても、駄目か? けして越えられねえ壁なのかい」
越えられない壁。その言葉が、心に痛かった。そう、本当に自分にとっては、越えられない壁なのかもしれない。男に惚れても、その男を受け容れられない―、恐らく、相手が誰だとしても、同じだ。
と、夢五郎が微笑んだ。
「そうか、やっぱりな、姐さんなら、多分そう言うと思ったよ。済まない、姐さんがどれほどそのことで苦しんできたかを知ってるくせに、私までが余計なことを言って姐さんを苦しめることになっちまったな」
「いいえ」
泉水はかぶりを振り、少しの逡巡の後、言った。
