
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第26章 別離
「父が再婚した話はしたと思うが、その後妻―継母との間には三人の弟妹が生まれた。私のすぐ下の弟が二十歳になったばかりだったのだが、去年の師走の半ばに痘瘡で亡くなった。父までが頼りにしていた跡継ぎに先立たれて、倒れてしまった。末の弟は十の子どもゆえ、まだ家督は継げぬ。私に一日も早く戻ってきて、家督を継いで欲しいと言っているのだよ」
「まあ、お父上さままでがお倒れになったのですか。それは大変ですね」
やっとの想いで言葉を紡ぎ出す。
「私と違って、弟は出来が良くてな、日頃から品行方正、親の言うことにも一々逆らいもしない。父も将来を嘱望していた。その弟に死なれたものだから、父の落胆もひととおりではないらしい。この前、ここに来たすぐ後に家の方から知らせが来て、取るものもとりあえず京都に戻ったんだ。弟の葬儀が済んで父から帰ってきて欲しいと頼まれたときは、一旦は断ったんだが―。江戸に戻ってからほどなく、今度は父が寝込んだのと連絡が来て、これはもう、どうしようもねえな、腹を括るときがいよいよ来たと観念したよ」
「そうですよね、夢五郎さんは綾小路さまのお家にとって、大切なお方なのですもの。弟さんを亡くされて、お父上さまもどんなにかお気落ちなさっておられでしょう。やはり、お帰りになって差し上げなくては」
「何だい、何だい、姐さんがそんな風に殊勝なことを言ってくれたら、私はどうも調子が狂っちまう。夢さま、どうか行かないでと止めてくれも引き止めてしれもしないのかえ、姐さん、つくづく薄情だねえ」
と、出逢ったばかりの頃のように伝法な言葉で揶揄する口調で言う。
泉水は、ゆるりと首を振った。
「夢五郎さん、やはり、あなたはお家に戻るべきお方だと私は思います。多分、庵主さまもあなたが京にお帰りになって、綾小路家をお継ぎにられることをお望みでいらっしゃるでしょう」
夢五郎の早世した弟には気の毒だけれど、これも御仏のお導きのようにも泉水には思える。一度は家を捨て、綾小路家を捨てたはずの夢五郎は、やはり結局は家に戻るべき運命を背負っていたのだ。そして、たとえ口には出さずども、光照も胸の内では、どれほどそれを望んでいることか。
「まあ、お父上さままでがお倒れになったのですか。それは大変ですね」
やっとの想いで言葉を紡ぎ出す。
「私と違って、弟は出来が良くてな、日頃から品行方正、親の言うことにも一々逆らいもしない。父も将来を嘱望していた。その弟に死なれたものだから、父の落胆もひととおりではないらしい。この前、ここに来たすぐ後に家の方から知らせが来て、取るものもとりあえず京都に戻ったんだ。弟の葬儀が済んで父から帰ってきて欲しいと頼まれたときは、一旦は断ったんだが―。江戸に戻ってからほどなく、今度は父が寝込んだのと連絡が来て、これはもう、どうしようもねえな、腹を括るときがいよいよ来たと観念したよ」
「そうですよね、夢五郎さんは綾小路さまのお家にとって、大切なお方なのですもの。弟さんを亡くされて、お父上さまもどんなにかお気落ちなさっておられでしょう。やはり、お帰りになって差し上げなくては」
「何だい、何だい、姐さんがそんな風に殊勝なことを言ってくれたら、私はどうも調子が狂っちまう。夢さま、どうか行かないでと止めてくれも引き止めてしれもしないのかえ、姐さん、つくづく薄情だねえ」
と、出逢ったばかりの頃のように伝法な言葉で揶揄する口調で言う。
泉水は、ゆるりと首を振った。
「夢五郎さん、やはり、あなたはお家に戻るべきお方だと私は思います。多分、庵主さまもあなたが京にお帰りになって、綾小路家をお継ぎにられることをお望みでいらっしゃるでしょう」
夢五郎の早世した弟には気の毒だけれど、これも御仏のお導きのようにも泉水には思える。一度は家を捨て、綾小路家を捨てたはずの夢五郎は、やはり結局は家に戻るべき運命を背負っていたのだ。そして、たとえ口には出さずども、光照も胸の内では、どれほどそれを望んでいることか。
