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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第26章 別離

夢五郎は黎次郎の父親というわけでもなく、ましてや何の縁もゆかりもない。その夢五郎にそのような非難めいた科白を口にするのは筋違いというものだ。
「しばらくお見えにならなかったのですね」
 そう言ってから、これもまたまずかったかと咄嗟に後悔する。こんな言い方では、夢五郎が顔を見せなかったことを責めるようではないか。
 案の定、夢五郎は急に黙り込んだ。いつも賑やかな男には珍しく、思い詰めたようなまなざしで庭を見つめている。
「京都に行っていた」
 ややあって、ポツリと呟く。
「ご実家の方にお帰りになっていたのですか」
 年末年始は生家の方で過ごしたというのならば、父頼継からの金封をことづかってきたのだろう。
「やはり、暮れやお正月はお家で過ごされるのですね」
 家を出たとはいっても、勘当されたわけでも親子の縁を切ったわけでもないのだ。年の節目を実家で迎えるのは当然かもしれない。
 そんなことを考えていると、夢五郎が小さく首を振った。
「いや、毎年というわけではないんだ。暮れから色々とあって、どうしても実家に戻らねばならなくなったんだ」
「そう―ですか」
 夢五郎とはいつも屈託なく喋れるのに、今日に限って会話が途切れがちだ。
 何故か今日の夢五郎の態度は不自然だ。泉水と視線を合わせないようにしているようだ。今もまだ庭に所在なげな視線を向けたままであった。
「京に戻らねばならなくなった」
 「え」と、思わず夢五郎の顔を見る。
 愕きというよりも衝撃を感じていた。
 夢五郎がやっと泉水を見た。その双眸が揺れていた。
「弟が亡くなってね」
「―」
 泉水は返す言葉がなかった。物も言えず夢五郎を見つめていると、夢五郎が淋しげに笑った。

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