
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第26章 別離
時橋の髪に白髪が目立ち始めたのも、そのせいが大きいのかもしれない。それを思えば、申し訳なさで一杯になった。いつか親孝行の真似事なりともしたいと考えてはいても、果たして、それがいつになるのか、本当に可能なのかすら判らない。
だが、もし、そんな胸の想いを時橋に訴えれば、時橋はこう言うに違いない。
―何を情けなきことを仰せになられます。私にとっては、姫さまのお側にこうしてお仕えさせて頂くことがかえって幸せなのでございます。そのようなご心配をして頂く方がかえって、時橋は辛うございます。
思えば、不思議な縁で結ばれた二人であった。主従でありながら、実の母娘同様、いや、それ以上に強い絆と信頼で結ばれている。
時橋がいたからこそ、自分はここまで歩いてこられた。いや、時橋だけでなく、自分がこれまでの人生で関わり合い、すれ違ったすべての人々のお陰で、今、こうして自分はここに存在していられる。それは恐らく、泰雅にだとて言えることだろう。辛い別離―、あのようなことになるのであれば、出逢わなければ良かったと思ったこともある。
でも、多分、泰雅との出逢いも泉水の人生には必要だったのだろう。今なら、素直にそう思えた。もし泰雅に出逢わなければ、江戸を出ることもなく、この寺に流れ着くこともなかったはずだ。折角見つけた村での暮らしを奪われる原因となった一夜の陵辱さえも―、黎次郎を授かるためには必要だったのかもしれない。
だとすれば、泰雅とめぐり逢い、別れたのも泉水の人生では必要不可欠な出来事、すべては御仏が与えられた試練だったのかもしれない。そう考えてゆけば、これまで重ねてきた哀しい出来事にもすべて手を合わせたい気持ちになれる。
もっとも、その瞬間(とき)瞬間(とき)は、到底それどころではなく、そのように落ち着いて事態を静観できるほどの心のゆとりはなかった。無我夢中で、まるで大海の荒波に翻弄される木の葉のように、心はいつも烈しく不安に揺れ動いていた。このように落ち着いて過去を振り返ることができるようになったのは、今、落ち着いた穏やかな暮らしの中に身を置いていたからだろう。
泉水は感慨に囚われながら、時橋の背中を見つめていた。
だが、もし、そんな胸の想いを時橋に訴えれば、時橋はこう言うに違いない。
―何を情けなきことを仰せになられます。私にとっては、姫さまのお側にこうしてお仕えさせて頂くことがかえって幸せなのでございます。そのようなご心配をして頂く方がかえって、時橋は辛うございます。
思えば、不思議な縁で結ばれた二人であった。主従でありながら、実の母娘同様、いや、それ以上に強い絆と信頼で結ばれている。
時橋がいたからこそ、自分はここまで歩いてこられた。いや、時橋だけでなく、自分がこれまでの人生で関わり合い、すれ違ったすべての人々のお陰で、今、こうして自分はここに存在していられる。それは恐らく、泰雅にだとて言えることだろう。辛い別離―、あのようなことになるのであれば、出逢わなければ良かったと思ったこともある。
でも、多分、泰雅との出逢いも泉水の人生には必要だったのだろう。今なら、素直にそう思えた。もし泰雅に出逢わなければ、江戸を出ることもなく、この寺に流れ着くこともなかったはずだ。折角見つけた村での暮らしを奪われる原因となった一夜の陵辱さえも―、黎次郎を授かるためには必要だったのかもしれない。
だとすれば、泰雅とめぐり逢い、別れたのも泉水の人生では必要不可欠な出来事、すべては御仏が与えられた試練だったのかもしれない。そう考えてゆけば、これまで重ねてきた哀しい出来事にもすべて手を合わせたい気持ちになれる。
もっとも、その瞬間(とき)瞬間(とき)は、到底それどころではなく、そのように落ち着いて事態を静観できるほどの心のゆとりはなかった。無我夢中で、まるで大海の荒波に翻弄される木の葉のように、心はいつも烈しく不安に揺れ動いていた。このように落ち着いて過去を振り返ることができるようになったのは、今、落ち着いた穏やかな暮らしの中に身を置いていたからだろう。
泉水は感慨に囚われながら、時橋の背中を見つめていた。
