
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第8章 予期せぬ災難
「思うようにはゆかぬだろうて。むしろ、記憶を手放した程度で済んで良かったと思わねばならん。頭の中を傷めて無茶苦茶になっておったとしたら、もう生命は無くなっておったじゃろうからの。あのような事故であれば、助かったこと自体が奇蹟のようなものだぞ」
「はい」
泉水は消え入りそうな声で言い、宗竹を見た。
「先生、私の記憶は戻るんでしょうか」
宗竹の皺に埋もれた細い眼に憐憫の色が浮かんだ。
「そうさな、それは、わしにも判らん。頭を強く打ち付けたりした後、おさよちゃんのように記憶を失い、何も思い出せなくなってとまうことは、ままあるものだ。あまりにも心に打撃を受けたりしたときにも、似たような症状が起きることがある。そんなときには、何か烈しい衝撃―例えば、おさよちゃんの場合は、あの事故で味わった恐怖に匹敵するほどのものを再び体験することによって、記憶が戻ることもあると医学書では読んだことはある」
「馬鹿なことを言ってるんじゃねえよ、先生。おさよにもう二度とあんな怖ろしい想いをさせてたまるかってえいうんだ」
誠吉が顔色を変える。
宗竹が鼻を鳴らす。
「わしは、たとえ話をしてるおんじゃ。何をそうカッカッとしておる。それにの、誠吉、真におさよちゃんの記憶を取り戻そうと思うのであれば、そのような荒療治を試みる価値は十分にあると、わしは思うぞ。お前やわしが考える以上に、おさよちゃんは辛いはずじゃ。それに、おさよちゃんを待っておる人たちもおろう。おさよちゃんがここに来て、はや半月余り、待つ者にとっても長く辛い日々のはずだからな、わしは手立てがあらば、何とかして、おさよちゃんに思い出させてやりたいと思うておる」
「もう良い、もう良いよ、先生。今日のところは帰ってくんな」
誠吉が低い声で言うと、宗竹は誠吉を意味ありげな眼で見、次いで泉水を一瞥した。
「おさよちゃん、くれぐれも気に病まんことじゃ。その時期が来れば、自然に思い出すここともあり得るからな」
「はい」
泉水は頷くと、宗竹に深々と頭を下げた。
「誠吉、何がおさよちゃんにとっていちばん幸せなことか、ようく考えてみろよ」
宗竹はそう言って出ていった。
「はい」
泉水は消え入りそうな声で言い、宗竹を見た。
「先生、私の記憶は戻るんでしょうか」
宗竹の皺に埋もれた細い眼に憐憫の色が浮かんだ。
「そうさな、それは、わしにも判らん。頭を強く打ち付けたりした後、おさよちゃんのように記憶を失い、何も思い出せなくなってとまうことは、ままあるものだ。あまりにも心に打撃を受けたりしたときにも、似たような症状が起きることがある。そんなときには、何か烈しい衝撃―例えば、おさよちゃんの場合は、あの事故で味わった恐怖に匹敵するほどのものを再び体験することによって、記憶が戻ることもあると医学書では読んだことはある」
「馬鹿なことを言ってるんじゃねえよ、先生。おさよにもう二度とあんな怖ろしい想いをさせてたまるかってえいうんだ」
誠吉が顔色を変える。
宗竹が鼻を鳴らす。
「わしは、たとえ話をしてるおんじゃ。何をそうカッカッとしておる。それにの、誠吉、真におさよちゃんの記憶を取り戻そうと思うのであれば、そのような荒療治を試みる価値は十分にあると、わしは思うぞ。お前やわしが考える以上に、おさよちゃんは辛いはずじゃ。それに、おさよちゃんを待っておる人たちもおろう。おさよちゃんがここに来て、はや半月余り、待つ者にとっても長く辛い日々のはずだからな、わしは手立てがあらば、何とかして、おさよちゃんに思い出させてやりたいと思うておる」
「もう良い、もう良いよ、先生。今日のところは帰ってくんな」
誠吉が低い声で言うと、宗竹は誠吉を意味ありげな眼で見、次いで泉水を一瞥した。
「おさよちゃん、くれぐれも気に病まんことじゃ。その時期が来れば、自然に思い出すここともあり得るからな」
「はい」
泉水は頷くと、宗竹に深々と頭を下げた。
「誠吉、何がおさよちゃんにとっていちばん幸せなことか、ようく考えてみろよ」
宗竹はそう言って出ていった。
