
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第8章 予期せぬ災難
「そのかんざしは俺が作ったものなんだ」
意外な言葉に、「え」と、泉水が眼を見開いた。
誠吉が唸った。
「ま、奇遇というか、何というか、お前の持っていたそのかんざしを作った職人が俺なのよ」
誠吉に促され、泉水はかんざしの裏を見た。〝誠〟と小さく彫り込まれている。
「俺も愕いたぜ。まさかこの広い江戸の中でばったりめぐり逢ったお前が俺の作ったかんざしを持ってたなんてさ」
このかんざしを見ていると、何かを思い出せそうな気がして、泉水は唇を噛みしめた。が、思い出せそうなのに、思い出せない。それでも一生懸命に考えていると、ズキンと頭が痛んだ。
思わず顔をしかめ、痛みに呻くと、誠吉が言った。
「無理するな、ゆっくり思い出せば良い。お前を診た医者ってえいうのは、同じ長屋に住んでる先生なんだ。飲んだくれの老いぼれだが、腕だけは確かでな。後で連れてくるから、ゆっくりと相談しても良いんじゃねえか。―お前、泣いてるのか」
誠吉は泉水の涙を見て、衝かれたような表情になった。
短い沈黙があった。
誠吉が穏やかな声音で言った。
「お前さえ良ければ、ずっとここにいても良いんだぜ。記憶の方はともかく、身体の方だってかなり烈しい怪我をしてる。右手は骨にひびが入ってるかもしれねえとも言ってたしな。脚だって相当に痛めてるだろう。少なくとも、自由に動けるようになるまでは寝てなきゃ駄目だ」
誠吉の口調には気遣うような響きがこもっている。泉水は溢れ出した涙が余計に止まらなくなった。
「ありがとうございます」
それだけ言うのが精一杯であった。
誠吉が首をひねった。
「さて、お前の名前が判らねえとすると、ちと不便だな。どうだ、おさよって呼んでも良いか?」
突然言われ、泉水は眼をまたたいた。
「おさよ、ですか?」
「俺の幼なじみの名前なんだ」
誠吉は顎を引き、少し後で付け加えた。
「もっとも、そいつはもう亡くなっちまったけどよ」
意外な言葉に、「え」と、泉水が眼を見開いた。
誠吉が唸った。
「ま、奇遇というか、何というか、お前の持っていたそのかんざしを作った職人が俺なのよ」
誠吉に促され、泉水はかんざしの裏を見た。〝誠〟と小さく彫り込まれている。
「俺も愕いたぜ。まさかこの広い江戸の中でばったりめぐり逢ったお前が俺の作ったかんざしを持ってたなんてさ」
このかんざしを見ていると、何かを思い出せそうな気がして、泉水は唇を噛みしめた。が、思い出せそうなのに、思い出せない。それでも一生懸命に考えていると、ズキンと頭が痛んだ。
思わず顔をしかめ、痛みに呻くと、誠吉が言った。
「無理するな、ゆっくり思い出せば良い。お前を診た医者ってえいうのは、同じ長屋に住んでる先生なんだ。飲んだくれの老いぼれだが、腕だけは確かでな。後で連れてくるから、ゆっくりと相談しても良いんじゃねえか。―お前、泣いてるのか」
誠吉は泉水の涙を見て、衝かれたような表情になった。
短い沈黙があった。
誠吉が穏やかな声音で言った。
「お前さえ良ければ、ずっとここにいても良いんだぜ。記憶の方はともかく、身体の方だってかなり烈しい怪我をしてる。右手は骨にひびが入ってるかもしれねえとも言ってたしな。脚だって相当に痛めてるだろう。少なくとも、自由に動けるようになるまでは寝てなきゃ駄目だ」
誠吉の口調には気遣うような響きがこもっている。泉水は溢れ出した涙が余計に止まらなくなった。
「ありがとうございます」
それだけ言うのが精一杯であった。
誠吉が首をひねった。
「さて、お前の名前が判らねえとすると、ちと不便だな。どうだ、おさよって呼んでも良いか?」
突然言われ、泉水は眼をまたたいた。
「おさよ、ですか?」
「俺の幼なじみの名前なんだ」
誠吉は顎を引き、少し後で付け加えた。
「もっとも、そいつはもう亡くなっちまったけどよ」
