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蜜会…五月雨

第4章 五月雨(さみだれ)

 1

「先に寝てる…」

 あの義母の入院した次の夜から… 
 わたしたち夫婦の時計が巻き戻った。

 いや、それは、夫だけ…

 わたしは何も、変わらない。

 ううん…

 少しずつ、ずれていくばかり―――


「はぁぁ…」

 わたしは、わざと時間をかけ、ゆっくり、入念にシャワーで清め、寝室に忍ぶのだが…

「あ……」

 寝息が聞こえていたはずなのに…

 毎夜、手が伸びてくる。

「あ…も、もう、遅いし……」

「うん……」

 触れてくる手を、やんわり払い…

「ぁ……お、お疲れじゃ……なくて………」

「い、いや……」

 耳元の、熱い昂ぶりの吐息に、絶望する。

「ん………」

「……………」

「あ、あな……た………」

「……ちが………」

 その指先は、今夜も探り、震える…

「や……あ………」

「……う…………」

 触れられるたび、

 どこかが、わずかにずれていく―――



「今夜は、間違いなく遅くなるから……」

「はい…」

 朝、出掛け前に言ってきた。

「いってらっしゃい……」

 玄関外で見送ると…

 早朝の爽やかな風に…

 ソメイヨシノがひらひらと舞っている。

「…あら、きれい……」

「ああ……」

 だが、振り向く夫のメガネの奥が…

 一瞬、冷たく光って見えた。


 あの夜からだ…

 あのイタリアンレストランの帰りのタクシーの中からだ…

 あの然り気無く、わたしの左手に触れてきた、あの車内からだ…

 夫の一瞬の冷たい目…

 わたしを観る目が逸れなくなったのは―――

 

 

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