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秋さめ前線【3ページ短編】

第1章 海で待つ少女


「見てみな安二郎、あの入り組んだ入江は岩場ばかりで船が入れねぇ
 “ふか”からすれば敵は来ねぇし、餌はある、 
  繁殖するにはもってこいだよな
 “ふか”にもいろいろあって深い海で繁殖する種類もいれば浅瀬で繁殖するやつらもいてる

 どちらにせよ逢引きしているのは人間だけの場所じゃ無ぇってことさ」


ふたりの視線の先には強い風にも負けじとじっと立ち尽くしている少女の姿があった


後日


安二郎は少女の事が気になってひとりで岩場の方までやってきた

あまり海には近づきたくはなかったが、少女の姿をもう少し近くで見てみたかった

丘からでは小柄な容姿しか見れなかった


その日も女はいた

女は遠くの海から突き出た大きな三角の岩を見つめていた


「なぁ、あんた“あき”って言うんだろ?
 おいらは安二郎、最近ここへ戻って来たんだ
 あんたは知らねぇだろうが、昔ここらに住んでいてね、そろそろ長雨の時期だからいつまでもこの岩場に立っているのは危ねぇぜ?」

「……ええ、わかっているわ……、でもこの強い風で今にもあの大きな岩が崩れ落ちてしまいそうなの、あの風よけ岩が無くなったらきっとここの浜スミレたちは枯れていってしまうわ……
 わたしにはここの浜スミレはとても大切なものなのよ」


安二郎がよく見つめてみると少女の顔は少し大人びていて年頃の娘なんだとわかった


「な、なんにせよいつまでもここに立っていたら危ないんだ、これからもっと雨風は激しくなるし、万が一海にでも落ちたりしたら……」


安二郎がふと岩場の下の水面に視線を落としてみると、まるで安二郎が岩場から落ちてくるのを待っているかのように2匹のサメがゆうゆうと泳いでいるのが見えて、思わずひぃっと声を漏らしてしまった


そのとき強い突風が吹いてふたりは立っていられなくなり、よろけて足を滑らせてしまいそうになった

「ほら、いわんこっちゃない!さぁ帰りな」

「ああ、待って!岩が……!」


安二郎が視線を遠くにやると風よけとなっている三角の岩が波打つたびにぼろぼろと小石を落とし始めていく
どうやら風と波にさらされ、崩れてくるのは時間の問題のようだった


安二郎はどうすることも出来ず、そこからゆっくり崩れていく岩を見つめるしかなかった


少女の顔は絶望一色となってしまっていた


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