
秋さめ前線【3ページ短編】
第1章 海で待つ少女
少女は今にも岩まで泳いで行きそうな勢いで絶壁に立つものだから、あわてて安二郎は彼女の腕を引っ張ってサメの待つ海へ落っこちないようにしてやった
風はますます強くなり、雨も激しくなってきた
この季節の長雨は春の梅雨どきと違い、期間は短いものの台風と一緒にやって来て強烈な雨風をもらせるのだ
「ほらほら、こんなちっこい腕じゃあ落ちてくる岩なんて受け止められるわけないんだ
それに立ってるのがやっとじゃないか!」
「じゃあわたしが代わりにここで岩になるわ!
そしてこの浜スミレたちを守るの!!」
少女は本気のようだった
彼女がそう叫んだ瞬間、ピカッと稲光がまたたき激しい衝撃音があたりを包んだ
安二郎はあまりの轟音にわぁっと思わず彼女の腕を離してしまう
そのまま安二郎は失神して倒れてしまうのだった
翌朝、
頬にあたる暖かい陽の光を感じて安二郎は目が覚めた
そこへ見知らぬ若い男が声をかけてきた
「ゆうべは凄いかみなりでしたねぇ
あなた、こんなところで寝てたんですか?
よく眠れましたねぇ」
「え、いや、俺は……
ところであんた旅の人かい?」
「これでも漁師でさぁ、ゆうべ海が時化ちまったもんだから予定より早めに戻ったんでさぁ
ここで女の子と待ち合わせをしてましてね
ここいらは浜スミレの群生地じゃないですか!帰ってきたらここで逢おうと約束をしていたんです、ここいらで女の子を見かけなかったです?
いや、あなたはさっきまでねていらっしゃったから見かけるはずは無ぇですな?これは失敬」
「早めに戻っただって?? いや
あんたは遅かったんだよ」
安二郎が見つめる断崖絶壁の先には人間のような形をした岩が、まるで浜スミレを守るかのように立ちはだかって風よけとなっていたのだった
おわり
